「何が気になっているの?」

「いえ、何も……」

補佐の問いに私は顔を上げずに答えて、気づく。その尋ね方は、私が何かを気にしていることが前提だ、と思った。

「本当に?」

補佐は畳みかけるように言った。

「時々ふっと考え込むような顔をしたり、俺から目を逸らしたりするのはどうして?」

気づかれていたのかと、胸の内で鼓動がどきりと鳴るのが分かった。

「そんなことは……」

ない――。

そう否定するより早く、補佐は続けた。

「なくはないんじゃないかな。現に今だって」

私の様子を伺おうとするかのように、補佐はそこでいったん言葉を切った。

「君は、俺に対して壁みたいなものを感じているよね。俺にはそう思える。……だから余計に話す気にはなれないのかな」

「それは……」

それ以前に本人には言えない。

「俺には言いにくいこと?」

言いにくいに決まっている。

補佐は優しい言い方で訊ねるが、私は答えられずうつむいた。

「……ごめん!」

はっとしたように口調を変えて、補佐は謝った。

「これじゃあ、まるで尋問だよな。無理に聞き出そうとするつもりはないんだけど……話せば少しは気持ちが楽になるんじゃないかと思ったから」

「ありがとうございます」

私はようやくここで顔を上げた。

「大丈夫です。心配していただいて申し訳ありませんでした。でも……気にかけて頂いて、嬉しいです」

そう言って私は補佐に頭を下げた。今の言葉の中にわずかに本心を紛れ込ませてしまった……。やや後悔しながら、補佐の表情をうかがい見ると目が合った。

補佐は言った。

「それで、白川さんとはもう話はした?」

私は動揺した。その「話」とは、倉庫での一件を指していることはすぐに分かった。

うろたえる私に、補佐は穏やかな表情でさらりと言った。

「倉庫でのこと、もう誤解が解けているのならいいんだけど、もしまだなら俺から話そうかと思ってさ」

「あの、それは……」

もう解決したと言いかけて、私は迷った。

私の「誤解」が何だったのか、遼子さんから聞いて分かったけれど、補佐の視点でそれをどう話すのか気になった。それを聞けば、壁を隔てていた時には分からなかった、補佐の本当の気持ちが分かったりするのだろうか、とも思った。けれどその前に、まずはこのことを伝えておかなければと、私は口を開いた。

「遼子さんとは、昨夜のうちに色々お話しました。その時、遼子さんには言いましたが、あの時私があの場所にいたのは、本当に偶然なんです。お二人の会話も、本当に偶然聞こえてしまっただけで、立ち聞きするつもりなんて全然ありませんでした。ただ、立ち去るきっかけを失ってしまって……所々を断片的に耳にしてしまったといいますか」