「ありがとうございましたー」

店の主人の声を背中で聞きながら、私は補佐の後に続いて店の出入り口に向かった。

結局最後までドキドキしっぱなしで、ほとんどと言っていいほどリラックスできなかった。けれど嬉しいことには変わりはなく、私はふわふわした気分を抱きしめていた。

ただ、まだそんなに深い時間ではないし、長居をしたわけでもなかったが、私は酔ってしまっていた。今さらだったが、やっぱりやめておけば良かったと思った。普段であれば、たかだか1杯のお酒で酔うなんてことはない。これはやっぱり、最近疲れが溜まっていたのだろう。それに加えての寝不足と、今の緊張状態が原因に違いない。

ふと目を上げると、いつの間にか補佐がドアの側に立って私を待っていた。

私は、慌てて彼のもとへ急ごうとした。その途中、何かにつまずいてしまったのは、ドアまであと一、二歩という所でだった。

しまった、転ぶ……!

瞬時にして事態を悟った。せめて顔は守りたいと、私はギュッと目を閉じて地面に手を突こうと腕を伸ばした。

その時、私の体を受け止める腕があった。

「岡野さん!」

慌てた補佐の声が頭の上で聞こえた。私は恐る恐る目を開く。

転んで、ない……。

床と自分との間に距離があることを確かめて私はほっとした。しかし、混乱した。

どうして?

私は自分の姿を確かめようとして、胸の下辺りにがっしりとした腕を認めた。

これは、補佐の、腕?

途端に、私の酔いはあっという間に醒めた。

「す、すいません!」

私はもがくようにしながら彼の腕から離れて、深々と頭を下げた。ドッドッドッと、これまでに感じたことのない重い鼓動が胸の内側で響いていた。

「失礼しました!」

頬が熱い。きっと今の私は、うす暗い街灯の下でも分かる程に真っ赤な顔をしているはずだ。

恐縮して何度もすいませんと繰り返す私に、彼は冗談めかして言った。

「役得、ってやつ?」

さらに彼は付け加える。

「こういう時は、ありがとうって言われた方が嬉しいかな」

「あ……、すみません……」

思わず謝る私に、彼は先の言葉を促すように笑いかける。

その表情に見惚れそうになる自分を制しながら、私は丁寧に頭を下げた。

「本当に、ありがとうございました」

「どういたしまして。とりあえず、外に出ようか」

彼はそう言うと、私を気遣うような歩調で歩き出した。

その後を追いながら、私は補佐の腕の感触を思い出す。まだ鼻先に残る補佐の香りが、私の胸をかき乱した。