私も補佐もはっとして、給湯室の入り口に目をやった。

その位置からは私が見えないらしい。入り口をふさぐように立つ宍戸の目は、補佐しか見ていなかった。

やましいことは何もないのだが、なぜかまずい所を見られたような気がして、私は息を潜めた。

補佐はもたれていた壁から体を起こして、宍戸に挨拶を返した。

「あぁ、おはよう」

二人のやり取りを聞きながら、私はふと昨日のことを思い出した。あの時宍戸は、ある意味絶妙ともいえるタイミングで姿を見せたものだった。なんとなく引っ掛かりを覚えた。

あれって偶然だったのかしら……。

もやもやとした思いでそんなことを考えていると、宍戸はようやく私にも気がついたようだった。

「あれ、岡野もいたんだ」

そんなただのセリフも、なぜか芝居がかって聞こえてしまう。宍戸の行動を怪しんでいる自分がいた。

「どうしたんだよ。今日はいつもより早いじゃないか。珍しいな」

ひと言余計な宍戸に、私はむっとした顔を向けた。せっかく補佐と二人きりだったのに、と苛立つ。宍戸の登場のおかげで、恐らく補佐が話そうとしていた倉庫での件を聞かずに済んだことについては、助かったのだが……。

宍戸は私の複雑な心境など気にした様子もなく、当たり前のように私に声をかけた。

「岡野、俺にもコーヒー淹れてくれよ」

「図々しいわね……」

その態度は、同期であるという気安さに加えて、実は彼が私よりも年上だという理由からくるものだろうと、理解はしていた。それでも気に障るものは障る。私はつんけんとして言った。

「私、宍戸の秘書でも彼女でも母親でもないんですけど。昨日の借りは、これで返したことにしますから」

「はいはい」

私は小声でぶつぶつ文句を言いながら、結局宍戸の分のコーヒーも用意して彼に手渡した。

「サンキュ」

「どういたしまして」

ため息交じりに宍戸に答え終えて、私ははっとした。横顔に視線を感じる。

やっちゃった……。

すぐ近くに補佐がいるというのに、宍戸のペースに巻き込まれて、本当なら見せたくなかった自分を晒してしまった。

目の端で補佐の様子を伺い見ると、笑いをこらえているのか、黙ったまま肩先を小さく震わせていた。

恥ずかしい……。

頬も耳も一気にかっと熱くなり、私は顔を伏せた。

補佐は笑いを含んだ声で言った。

「2人は本当に仲がいいね」

「ち、違います!」

私は動揺し、強い口調でその言葉を否定した。

「確かに同期の中では、比較的仲がいい方だとは思いますけど、特にというわけではありません。ねっ、そうよね」

私は同意を求めるように宍戸を見た。いつものように軽いノリで調子を合わせてくれるだろうと思っていた。

ところが、宍戸はこれまでたぶん見たことがない淡々とした表情で、私をちらっと見た。

「確かに岡野の言う通り、同期の中では仲がいい方ではありますけどね」

その言い方に(とげ)があるような気がするのはどうして――?

私は問うように宍戸の顔を見上げた。

けれど彼は私を一瞥したきり何も言わない。そのまま補佐を見ると、思い出したように告げた。

「部長が補佐を探しているってこと、伝え忘れる所でした」

そう聞いて、補佐の顔つきが変わった。

「部長?朝から何だろう。すぐに行くよ。教えてくれてありがとう」

「いえ。俺は先に戻って、部長に伝えておきます」

「あぁ、頼む」

宍戸は補佐に軽く会釈をすると、私の方を見ることなく急ぎ足で給湯室から去って行った。