「理由?」

私は聞き返し、その言葉の続きを待って遼子さんの顔をじっと見つめた。それを教えてもらえるのなら、私の心を覆っている(もや)はきっとすぐにも晴れる。

しかし彼女は困ったように笑った。

「それは、山中君本人の口から直接聞いてほしいんだけどな……」

私は首を横に振った。

「それは難しいです。だって補佐はお忙しくて、会社にほとんどいらっしゃいませんもの」

「そうなのよねぇ。今また色々と引っ張り出されているみたいだものね。それなら例えば、彼の業務用の携帯に……」

そう言いかけてすぐに遼子さんは苦笑し、少し考え込む様子を見せた。

「無理って顔してるわね。……そうねぇ。このままだと、岡野さんの誤解は完全に解けないみたいだし。うぅん……。ひとまずこれくらいまでなら、言っても許されるかな……」

最後の方は自分を納得させるかのように、遼子さんはぶつぶつとつぶやく。

「私が言ったってことは、秘密ね」

「はい」

私は頷いた。

それを確かめると、遼子さんはおもむろに口を開いた。

「あのね。山中君は、岡野さんといると癒されるような気がするんですって」

私は目を見開いた。

「補佐がそんなことを……?」

それは私に対して、少なからず好意を抱いてくれていると思っていいのだうか。自分の何が「癒し」なのかは謎ではあったが、それでも頬が緩む。

ふと遼子さんの視線に気がついて、私ははっとする。顔を上げて見た遼子さんの顔には、にやにやの一歩手前の笑みが広がっていた。

「岡野さんと山中君って、会社ではほとんど接点がないはずよね?それなのに、どうして彼の口からそういう言葉が出てきたのかしらねぇ……。私、そこのところをぜひ知りたいわ」

「えっ……と」

私はうろたえた。

それを見た遼子さんはくすくす笑う。

「からかおうとか、そういうつもりじゃないのよ。山中君に『癒し』と言わせるなんて、私の知らないところで、二人の間に一体何があったのかしら、って思ったの。……それとも他人(ひと)には言えないような、何かまずいことでもあったのかしら?」

からかうつもりはないと言いながら、遼子さんはなんとなく楽しそうだ。

髪の毛の生え際から変な汗がにじみ出てきた。私はその汗を指で拭うと、観念したように小声で言った。

「……具合を悪くされた補佐のお世話をしただけです」

「お世話?」

遼子さんの目が一瞬、嬉しそうに光ったように見えた。

「あ、いえ、えぇと…」

墓穴を掘った――そう思った。