「これ、ここに置けばいいのか」

宍戸は特に返事を待つでもなく、さっさと台車から箱を下ろした。

「それくらい私がやったのに」

「力のある方がやれば早いだろ」

「ごめんね、ありがとう。助かる」

私は宍戸に礼を言って、台車を元の場所に戻しに行こうとした。そこでふと思い出し、足を止めた。

「ねぇ、そう言えば、どうして手伝いに来てくれたの?倉庫に行くって周りの人たちにしか言ってなかったと思うんだけど……」

「あぁ、それは」

宍戸は一瞬、宙を見つめた。

「偶然見かけたんだよ。台車引っ張ってたから、もしかしてと思って、そっちの部署の人に聞いたんだ」

私は納得し、なるほどと頷いた。

「そうだったのね。本当にありがとう」

「そこまで感謝されるようなこと、特に何もしてないけど」

「うん、でも」

と、私は宍戸に笑顔を向けた。

「ありがとう、なの」

あの時宍戸に声をかけられて、隣の部屋の二人にばれた、まずい、としか思わなかった。でも今こうやって落ち着いて考えてみると、逆に宍戸が現れてくれてよかったかもしれないと思える。もしもあのままあの場から動けないでいたら、あれ以上のつらい現実を知ることになったかもしれないのだから――。

「……それなら良かったけどさ」

宍戸は戸惑ったような顔でそう言うと、私の顔をまじまじと見つめた。

「なに?」

宍戸は私の声に我に返ったような顔をして、何度か瞬きをした。

「いや、なんでもない。……えぇと、コピー頑張れよ」

「えぇ、宍戸も頑張ってね」

「あぁ。サンキュ」

宍戸は短く答えるとふいっと顔を背けた。

彼はそのまま振り返ることなく仕事に戻って行ったが、その後ろ姿を見送って私は首を傾げた。

「気のせいかな。なんだか急に態度が変わったような……。私、何か変なことでも言った?」

その後、私は2台あるうちのコピー機1台を占領した。思っていたよりも長時間、資料が吐き出されるのをひたすら見守り続ける。印刷された大量の紙を用意していた段ボール箱二つに分けて入れて、フロアの端の方に移動した。そこにある作業用テーブルの上に資料を並べてから、別添え用の資料をクリップで止めるという地味な作業を黙々とこなした。

「ふぅ、やっと終わった……」

小声でひとり言を言いながら窓の外を見ると、すでに真っ暗だった。

早く帰れると思ったんだけど、甘かったな……。

やれやれと思いながら壁の時計を見ると、もうすぐ8時になるところだった。

日中は緊張感が漂っているフロア内も、さすがにこの時間帯はどことなくまったりとした空気が広がっている。