「岡野さんの好みが分からなくて。こういうのだったら、あまり好き嫌いはないかと思ったんだけど。……迷惑だったかな」
「いえっ、そんなことは全然……」
むしろありがたい、というのが正直な気持ちだった。固辞しすぎるのも失礼かもしれないと思い直し、私はありがたく受け取ることにした。
「――お気遣い、ありがとうございます」
補佐はほっとしたように笑った。
「礼を言うのはこっちの方だよ。夕べは本当にありがとう。もう一度、きちんと礼を言っておきたかったんだ。会えて良かったよ。――それじゃ、また会社でね」
「わざわざありがとうございました」
そう言って見送ろうとしたのに……。私の心の中に、補佐ともう少し話をしてみたいという衝動が起こった。彼が立ち去ろうとした瞬間、私は発作的に彼を引き留めていた。
「あの、山中補佐!」
私は足を止めた彼の側まで歩み寄ると、どきどきしながらこう言った。
「もしよろしければ、一緒にお昼をいかがですか?えぇと……色々と頂きましたし、私で良ければ何かお作りしますので」
「作るって……」
補佐は困惑した表情を浮かべる。頬の辺りを指先で掻くような仕種をすると、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「えぇと……夕べはあんな状態で部屋に上がってしまって、本当に申し訳ないと思ってるんだ。会社で礼を言うのもタイミングが難しいかもと思って、こんな風に今日来てしまったわけだけど、これだって本当はどうなんだって思っていて……。そんな風にすでにルールを破っている俺が言うのも、気が引けるんだけど……つまりね」
補佐は言葉を切って、困ったような顔をした。
「あんまり簡単に、異性を部屋に入れようとしない方がいいんじゃないかな……」
そう言われて、私はぽかんと彼を見返した。しかし次第にその意味を理解して、慌てて弁解した。
「いえ、あの、まったく何も考えていませんでした。夕べのことについて言えば、本当に補佐のご様子が心配でしたし、今のは、純粋にもう少し補佐とお話してみたいと思ったからで……。それに、こんなにたくさん頂いたままでは、申し訳ないというのもありましたし……。でも、確かに……」
私はしゅんとした。
「おっしゃる通り、軽率でした」
そんな私に、今度は補佐の方が慌てた様子を見せた。
「あ、いや、俺こそすまない。夕べのことは俺が悪かったわけで、感謝しかなくて。えぇと、つい心配になってしまって、余計なことを言ってしまった。何の関係もない赤の他人のくせに……」
「いえ、かえってご心配いただいてありがとうございます。……友達からもよく天然だって言われて、心配されたりするんです。でも」
私はうつむくと、小さな声で言った。
「できればもう少し、補佐とお話してみたいと思うのは本当で……」
苦笑をにじませた声で補佐が言う。
「俺の話なんてつまらないと思うんだけど」
あなたのことが気になるからですーー。
そんな本音を隠して、私は言葉を選ぶ。
「それは、ですね……。補佐がエリートだから、色々と聞いてみたいと思いまして」
「っつ……あはは」
思わずと言った風に、補佐が笑い声を上げる。
「面と向かってそんな風に言われたのは、初めてかも」
補佐は笑いを収めると、目元を緩ませたまま頷いた。
「分かった。それなら、ぜひランチでもご馳走させて?夕べの礼としてね」