「上着をお預かりしますね」

私は補佐をソファに促して、声をかけた。

彼から受け取ったジャケットをハンガーにかけると、冷蔵庫に常備しているペットボトルの水を取り出した。そこからグラスに注いで彼に手渡す。

「どうぞ、お水です」

「ありがとう。本当に色々と申し訳ない」

タクシーを降りてから何度目かの「申し訳ない」を口にして、彼はネクタイを緩めるとグラスに口をつけた。

私はその様子を見守っていたが、顔を仰向けた彼の喉元が見えた時、どきりとした。水を飲む度に上下する喉ぼとけの動きに、つい目が吸い寄せられる。すぐに慌てて目を逸らし、気を取り直して補佐に訊ねた。

「何か軽く召し上がりますか?」

補佐は首を横に振ると、吐息交じりに言った。

「ありがとう。でも、もう大丈夫。休ませてもらったおかげでだいぶ楽になった。もう少ししたら帰るよ。……それにしても、人前でこんな醜態さらすなんてこと、今までなかったんだけどな。迷惑をかけてしまって、本当に申し訳なかったね」

「いいえ、そんな。ひどくならないようで安心しました。あの、もし良かったらこの毛布を使ってください。夜はまだ少し冷えますから」

私は彼の側に近寄って毛布を差し出した。

「ありがとう」

そう言いながら受け取ろうと伸ばした彼の手が、つと私の指先に触れた。

私は思わず手を引っこめてしまった。そのせいで毛布が床に落ちそうになり、慌てて掴もうとして結局失敗した。

「す、すみません」

それを拾い上げて顔を上げた時、補佐と目が合った。

彼の目の奥に特別な感情などないと分かっているのに、私の心はざわついた。首筋の辺りがカッと熱くなる。

「あ、あの」

これ以上は彼を見ないようにと目を伏せて、私はたたみ直した毛布をソファの端に置いた。

「ちょっと向こうへ行ってきます。ゆっくりなさっていて下さい」

「……ありがとう」

私は補佐に会釈をすると、たいして広くもないキッチンスペースに移動した。

彼の表情を確かめたわけではなかったが、きっと私の様子を怪訝に思ったに違いない。「ありがとう」と言った声に、戸惑いがにじんでいたのがその証拠だ。

けれどあのまま彼の前にはいられなかった。あの場にとどまっていたら、まだはっきりと定まっていないこの感情があっという間に育ってしまいそうで、怖かった。

とにかく何か飲んで落ち着こうと、私はお湯を沸かすためにポットのスイッチを入れる。その作動音を聞きながら、しばらくの間ぼんやりと天井を見上げていた。

お湯が沸くと、リラックス効果があるというハーブティを淹れる。飲むかどうかは分からないが、補佐の分も用意した。いつまでもここにいるわけにもいかない。平常心を取り戻すために何回か深呼吸をすると、二つのマグカップを手にして部屋に戻った。