ビオレッタは、男の異様な雰囲気に思わず身構えた。
 そんな彼女を見て、ローブの男は口の端をわずかに上げる。

「勇者が贈ったとかいう、その指輪……貴女ですね。勇者をそそのかした女は」
「え……?」
「貴女が一人になるのを待っていました。一緒に来て貰いますよ」

 身の危険を感じたビオレッタは、急いで店の裏口へと走った。しかしそこにもオルテンシアの兵が待ち構えているではないか。

 ローブの男の後ろからも、控えていたであろう兵士が数人現れた。
 もう、逃げ道が無い。
 道具屋の娘に、なぜここまで……?

「勇者が選んだ女というから警戒していましたが……本当にただの道具屋のようですね。さあ、行きましょう」
「いや、離して……」

 両側から兵士に捕らえられ、ビオレッタには逃げようが無かった。村の入り口には簡素な馬車が停められてあり、無理矢理押し込むように乗せられる。

「ビオレッタちゃん!」
「おまえら! ビオレッタをどこ連れてくつもりだ!」

 雨のなか駆けつけたオリバやシリオ達も、必死になってビオレッタを助けようとしてくれた。けれど、ただの村民達は兵に押さえられれば身動きが取れない。

 土砂降りの中を、シリオが羽交い締めにされている。泥々になった地面に、オリバが倒れ込んでいる――

「やめて! 村の人に乱暴しないで!」
「それでは素直についてきて貰えますか? 私共は、貴女さえ来てくれれば良いのですから」

 なんて卑劣なやり方をするのだろう。
 村の皆を人質に取るようなことを。

 (ああ……ラウレル様、ごめんなさい……)

 ビオレッタはローブの男に言われるがままに、ずぶ濡れの馬車へ乗り込んだ。
 雨に打たれたまま取り残された皆のことが、心配でならない。シリオにオリバ、どうか怪我などしていないといいが。
 

 ガタゴトと馬車が揺れる。
 村が、海が、どんどん遠くなっていく。

 次第に強くなる雨が、ビオレッタの不安を募らせていった。