「出来た。あ、あの、陽菜ちゃん、味見…してくれない?」
自信なさげにおずおずと出されたのはガトーショコラ。
晴海ちゃんのキッチンで行われているのはバレンタインチョコの試作だ。
チョコレートだと溶けてしまう心配があるけれど、これなら持ち運びもしやすい。
「もちろん」
出来たばかりのガトーショコラは温かく、ふんわりとチョコレートの香りも漂う。
晴海ちゃんのこだわりでチョコが濃厚になっている。
「美味しいよ」
「ほんと? 陽一君も食べてくれるかな…」
チクリと痛んだ胸の痛みに気づかないふりをして、残ったガトーショコラをもうひと口。
口の中に広がるチョコの甘さ。だけど、甘ったるいワケじゃない。ビターなにがみもある。
これなら甘い物が苦手な陽兄も食べることができるだろう。
「おいしい。絶対、大丈夫」
「よかった。陽菜ちゃんのお墨付きなら間違いないね」
晴海ちゃんは私の言葉にホッとして、くしゃりと笑った。
それは年上のお姉さんとしての微笑みじゃない、恋する乙女の笑顔。
とても可愛くて素敵なその表情を見て、私の胸がチクリと痛んだ。
「…晴海ちゃんのチョコを残すなんてありえないけど、もし食べなかったら私に言ってね。ぶん殴ってあげる」
「ふふっ。陽菜ちゃんがそう言ってくれると私も安心して渡せる。ありがとう」
陽だまりみたいな温かい笑顔。
嬉しいはずなのに、口の中が薬を飲んだみたいに苦くなる。
「どーいたしまして!」
私はそんな自分の変化を誤魔化すように思いっきり笑い返した。
「あ、あの。陽一君には、このことはナイショに…」
「もちろん。ホント、バレてないなんて思っているのは本人だけなんだよね。あー情けないよ、陽兄」
そう、私が陽兄の名前を出した途端、陽菜ちゃんは困ったように笑った。
「私も不自然な話題そらしちゃったからね」
「でもでも、この時期に女の子が不自然に会話をそらしたんだから察するべきだよ! もー! 晴海ちゃんの乙女心がもったいない」
「もったいない。なんて、ふふ。ちょっと頼りない時もあるけど、そういう真っ直ぐなところもにくめないっていうか」
「晴海ちゃんってば」
「あっ! いや、で、でも、陽一君も陽菜ちゃんも、太陽コンビは、私にとってはヒーローだから…」
恥ずかしそうに目を伏せた晴海ちゃん。
ほんわかして、賢くて、可愛い晴海ちゃんは、周囲から見たら”大人しい子”。
どちらかと言えば聞き役なだけだし、そもそも比較対象がバカ明るい陽兄になってしまえば、余計にそう見えてしまうだけど。
私が晴海ちゃんに救われたように、晴海ちゃんにとっても、私たちの存在は手を差し伸べた側になった。
「日影ばかりにいた私を照らしてくれた2人は大切な存在よ」


