「レミちゃーん! 次、教室移動だよ! 一緒いこっ!」

 2時間目が終わると、菜々(なな)ちゃんが走って私の席までやってくる。

「次は理科の実験かぁー……」

「レミちゃん! 実験だよ実験! 沸騰したり発火したりさ! すんごいんだから!」

 菜々ちゃんは机にバンと手をつく。本当に実験が好きだなこの人。
 とは言わずに私は立ち上がり、菜々ちゃんの他にも数人と一緒に教室を出た。
 菜々ちゃんは実験とか体育とか音楽とか、なんかするのが好きな人だ。
 ただノートにペンを走らせるだけじゃ物足りないんだって。
 そんでちょっぴりオカルト好き。
 でも、ざんねんながら彼女にはちっとも霊感がないらしい。

「あー、アキラくんまた変なとこ調べてるー!」

 菜々ちゃんが指さした先にはアキラとミノルの姿があった。
 そして、私がため息をつく間もなく女子の会話が進んでいく。

「ミノル先輩と仲良いよねー」

「ねー。いっつも二人で変な事してるよね」

「でもさ、ミノル先輩はかっこいいし、アキラはなんていうか可愛くない?」

「あーわかるー! なんていうか犬系?」

「犬系! そーそー! 頭なでてあげたくなる感じ!」

「だよねー! ミノル先輩にはあのヨーコ先輩がいるしなー」

「神山ベストカップルね! 美男美女で最強だよねマジで! 知ってる? ヨーコ先輩ってミノル先輩と一緒の時しか笑わないんだよ?」

「聞いた聞いた! なーんかもう二人だけの世界っていうかさー」

 ……ほんと、ウワサってすごいな。
 ヨーコが笑うのは怒ってる時なんだけど……。
 唯一、ヨーコを不機嫌にさせるのがミノルなだけなんだけど……。
 と、話は尽きぬ間に私たちは理科室に着いた。

「えー、レミちゃん班ちがうじゃーん」

 黒板に書かれた出席番号の位置を見て、菜々ちゃんがうなだれる。

「まぁまぁ……っていうかなんで私だけ男子の班なの!?」

 菜々ちゃんをなだめながら、私はとんでもない事実に気づく。

「ほんとだー。レミだけ男子の班にまざってるねー」

「ぜったいテキトーに決めたっしょアレ」

 みんなは面白がって笑ってるけど、私にとっては最悪だ。
 ただでさえ、入学当時から男子の目がみょうに気になるのに、これじゃ実験なんて身が入らない!

「まぁまぁ、レミちゃんと同じ班で男子も喜んでるでしょ」

「だねー。レミちょー人気だからなぁー」

「……はい?」

 何を言ってるの? と振り向くが、みんなはさっさと指定された班に行ってしまった。
 最終的には私がなだめられる形で終わってしまったけど、ほんとなにこれ。

「よー! レミ! 同じ班じゃん! 今日はさ! すっげー火柱つくろーぜ!」

「うわぁ!」

 バシンと背中をたたかれて、私は前に3歩よろける。

「ちょっとアキラ!」

 振り返ると、アキラと他3人の男子が立っていた。
 なんなの、もう。アキラはニカニカ笑ってるし、他の男子はモジモジしてるし!
 意味わかんない!

「……火柱なんか、ぜっったいにゆるさないからね!」

 フン! と私はそっぽを向いて席に着く。

「なんだよー。じょーだんじゃんかレミ」

 悪びれもせず私の隣に座ったアキラはまず、その周りに浮かぶ人魂を消してから言ってほしい。
 あんたが火の事言うと冗談に聞こえないんだって!
 ちなみに菜々ちゃんにはもちろんアキラの人魂は見えていない。

「よ、よろしくね水沢さん」

「へ? あ、あぁよろしくお願いします」

 向かいに座った男子が耳までまっ赤にして、あいさつしてくる。
 なんだかこっちまで緊張しちゃうな。
 ほんと、中学入ってから色々と変わりすぎ。
 そりゃもちろん私だって髪型変えて、コンタクトにしたよ?
 新生活だもん。
 気持ちから切り替えたいじゃん。
 そしたらさ、これ。
 こんな状態。
 男子はみょうによそよそしいし、一人は人魂浮いてるし。
 おまけに幽霊とゾンビと吸血鬼と一緒に非公認クラブまで結成してる。

 ……いくらなんでも変わりすぎでしょ。

 新生活すぎでしょ!

「はーい。みんなそろってるかぁー」

 チャイムが鳴ると、白衣の先生が眠そうな目で理科室にやって来た。
 おじいちゃん先生で、いつも眠そうだけど、授業は眠くならない変なタイプ。
 色々とテキトーだけど、なんか話が面白いから生徒にも人気だ。

「よーっしゃ! 火柱つくるぞー!」

「だから、させないっての」

 アキラの肩を小突く。ダメだ、全然聞こえてない。っていうか冗談じゃないんじゃん!

「おー? なんだアキラ。火柱たてたいのか?」

 先生がメガネを直しながら聞くと、アキラは元気よく手を挙げた。

「はい! 今日は誰にも負けない火柱たてたいです!」

「そーかー。今日は氷を使った実験だから火柱たてられたらノーベル賞やろう」

 先生の言葉に教室中で笑いがもれだす。ついつい、私も笑っちゃった。
 アキラは死んだみたいに固まってた。幽霊だけど。



 ――――給食になると、ふたたびアキラは元気を取り戻す。

「俺、おおもりね!」

 配膳の列にちゃんと並ぶくせに、無理なお願いをしてくるのはいつものこと。
 最初はみんなどうしようと迷ってたけど、今は完全に受け流している。

「はい。おおもりね」

「うっそー! おおいかこれ?」

 トレーに置かれた皿を色んな方向から眺めるアキラをみんなが笑う。
 こーいうキャラなんだなって理解されてからアキラはうちのクラスのマスコットみたいになっていた。
 変な事ばっか言うし、してくるけど、こっちが何しても怒らないし笑ってる。
 その笑顔が可愛いからって女子にも人気なのが不思議だ。
 私にはただのノーテンキ君にしか見えない。
 だって幽霊なのに食欲旺盛なんだよ? ノーテンキすぎる。


「――――――――いただきます!」

 みんなで声を合わせて、昼食開始。
 班ごとに固まって、会話と共に今日の給食を楽しむ。
 こういう時も一番うるさいのがアキラ。

「おい! 俺の冷凍みかんだぞ!」

「いや、俺のだから! お前のそれだろ!」

「これも俺の! それも俺の! あれも俺の!」

「意味わかんねーよ! じゃあ全部お前のじゃねーか!」

「……ッハ!?」

「なんでそれを知ってる? みたいな顔すんな! 全然ちげーから!」

 男子のツッコミでまた教室は笑いに包まれる。
 まぁ仲は良いクラスなんです……。
 うちの学校は昼休みになると、めちゃめちゃ元気になる。
 校庭はもちろん、教室も廊下もにぎやかな声で満たされて破裂しそうだ。
 そんな中、私は窓際の席に座ってぼーっと校庭を眺めていた。
 こういう楽しそうな声を聞きながらぼーっとしてるのが好きだったりする。

「レミちゃん遊びに行かないの?」

 かけられた声に振り返ると、菜々ちゃんが前の席に座った。

「ご飯食べた後って眠いんだよね」

 本音だ。事実、私はちょっと眠りそうだった。

「あはは! それはわかるかも! でも体動かすのもいいよ! ほら!」

 菜々ちゃんが指さしたのは校庭の真ん中あたりでトス上げしている女子だった。

「あー、由美子たちってほんと元気だよね」

 私はその輪の中でひときわ元気に笑う彼女を見た。
 五十嵐由美子。
 私と小学校から一緒で、彼女はいつだってクラスの中心にいた。
 可愛くて、明るくて、頼りがいがあって。
 人気者って由美子みたいな人がなるんだな。って思う。

「由美子ちゃんって苦手なものとかないのかなー?」

「さぁ? 私は見たことないなぁ。完璧ウーマンって感じだよね」

「完璧ウーマン! 完璧女子でいいのに! なにそれ!」

 菜々ちゃんは豪快に笑う。そんな面白かった?

「だって、由美子は小学校の時から大人っぽくてさ。キャリアウーマンって感じだったんだよね。だから完璧ウーマン。苦手なものなんてない系女子ってやつ」

 私が一生懸命補足しても、菜々ちゃんの笑いは止まらなかった。
 なので、しばらく放っておいて私はまた校庭を眺める。
 相変わらずアキラは男子と一緒に全力でサッカーにはげんでいる。
 誰よりも大声で笑う彼は、私に霊感さえなければ幽霊だなんて信じもしなかったろう。

「元気な幽霊って……ほんとノーテンキ。ってあれ?」

 つぶやきながら校庭の端を見ると、ミノルがいた。

「先生と何を話してるのかな?」

 ミノルは担任の先生だろうか、女の先生と職員室前で話していた。
 なんか先生にワイシャツを指さされている。

「あっ!」

 思わず声を上げてしまう。
 先生がミノルの胸元に手を伸ばしたからだ。
 ミノルはなんとかよけようとしたけど、無理だったみたい。

「あー……らら」

 先生はそのまま何かを取って、ミノルの首から外すとそのまま職員室に戻る。
 ミノルはぼうぜんとその場に立ち尽くしていた。
 そして、そのままチャイムが鳴った。
 菜々ちゃんは五時間目が始まるまで笑っていた……。


 ――――……。



「――――――――やられたぁ!」

 放課後、私が部室に入るとミノルがくやしそうに机に突っ伏していた。

「な、何があったの?」

 アキラに聞いても肩をすくめるだけ。
 ヨーコに向いても首を振られてしまった。
 なので、私はイスをひきながらたずねてみる。

「もしかして昼休みのやつ?」

「……見てたのか!?」

「ひぃ!」

 ガバッと起き上がらないでよもう! 変な声出ちゃったじゃん!
 まがりなりにも吸血鬼なんだからキバをむきだしでせまらないで欲しい。

「見てたっていうか……たまたまね」

 目をそらして私は座る。うん、大丈夫。すぐに落ち着いた。

「おいおい、見てたんなら助けろよなー」

「いやいや。私は校舎の窓からたまたま見えただけだから」

「それでも走ってくるんだよ」

「なんでよ」

「仲間だろ」

「仲間……なのかな?」

「仲間じゃねーの!?」

 え? 違ったの? みたいな顔はしないで欲しい。アキラも。
 ヨーコは変わらず無表情。うん、そういうリアクションで良い。

「なんだよレミ。てめぇまさかスパイじゃねーだろーな?」

 ミノルは舌打ちしながら背もたれによりかかる。

「なによその言い草。スパイなわけないでしょうが。っていうかなんのスパイよ」

「でも、仲間じゃねーんだろ?」

 ひっぱるなコイツ。なんだかんだ寂しかったのかな?
 仕方がない。めんどくさいから、ここは……。

「仲間だよ。決まってるでしょ」

 ため息とともに、そう言っておく。

「んだよ。ビビらせんなっつーの」

 ビビっていたのか。というより、なにそのちょっと嬉しそうな顔。
 ガマンして笑うのこらえてるのバレバレだよミノル。
 そんなかわいい顔したって無駄だからね?
 ……私は「呪う」っておどされてこの部に入れられてんだから!

「で? 何があったのよ?」

 興味はないけど聞く。そうしないとミノルはめんどくさそうだ。

「あん? だからよー。これだよ」

 ミノルはワイシャツのボタンを一つ多めに外して胸元を開いた。

「へー、やっぱ吸血鬼って肌が白いのね? 太陽に当たらないから?」

「ちっげーよ! ネックレス! なくなってんだろ!?」

 ミノルは自分の胸元を指でトントンたたく。
 いや、そんな事言われても知らないんだけど。

「ネックレスしてたの?」

「おう。バレないように隠してたんだけどな」

 じゃあ、わかるわけないじゃん。とは言わない。めんどくさいから。

「そのネックレスがどうしたのよ?」

「とられたんだよ。担任の中島によ。ぜってークラスの女子がチクったんだよ」

 ふーん、とうなずいておく。
 確かにミノルは全学年から注目されるイケメンだ。
 だから、どこかでウワサが広まったのかもしれない。
 実は彼はネックレスを隠してるって。
 でも、それが何?

「でも、それが何?」

「あん?」

 やばっ! 心の声がそのまま出ちゃった!

「ちがくて! 大切なものだったの? そのネックレス」

 あわててはぐらかす。

「大切っつーか。大事っつーか……」

 似たような意味だけど、とにかく持っていたいんだって事はよく伝わった。
 ミノルはワイシャツのボタンをしめて、はにかんだ。

「あれが無きゃ術が使えねーんだ」

「――――今すぐ取り返してこーい!!」

 私は思わず立ち上がる。ついつい言葉が荒くなってしまったが、これ一大事でしょ!
 術使えなかったらどーすんのよ! 色々バレちゃうじゃん!
 ってアキラもビックリして固まってる!
 もしかして知らなかったの!?
 え? ヨーコも!?

「……知らなかった」

 私の視線に気づいたのか、ヨーコは無表情でうなずいた。

「ははは。いやー、とにかく既にかけてある術は大丈夫なんだ。問題は新しくかける術が出来ねーって事だな」

 なにを自信まんまんに言ってるんだコイツは。
 じゃあ安心だね! とでもなると思ったか!

「なーんだ! じゃあ安心だな!」

 ってこのバカ―!
 なんなのアキラ! バカなの!? これだからノーテンキ君は!

「ちょっとちょっと! 意味わかってんのアキラ! ミノルが術を使えないって事は、これからの探索が出来ないって事なんだよ?」

「……ッハ!」

 そうか! って顔してもおそーい!
 もー、なんなのこのクラブ……男子がめんどくさすぎる。

「あのさー……」

「お。どーしたヨーコ」

 力なく手を挙げたヨーコにアキラが微笑む。なんで常に爽やかなんだこの人。
 しかし、次のヨーコの発言にその爽やかさは消し飛ぶ。

「先生にバラしたの……私だったりして~」

「――――っんな!」

 ミノルは開いた口がふさがらない。
 アキラもまさかの言葉に白目をむいて固まっている。
 そして、ヨーコはさらに追い打ちをかける。

「ゾンビのプチ復讐~……なんちゃって」

 無表情で言うヨーコ。
 いや、なんちゃっても何も。全然何にもかかってないよそれ!
 ギャグでもダジャレでもないよそれ!
 もーなんなの!
 女子もめんどくさーい!



 ……とは言ったものの、そんな一大事を放っておくわけにはいきません。
 私たちは緊急で、今日の放課後にミノルのネックレスを取り返す作戦をたてた。

「術が使えないなら、今までみたいに普通に歩けないよね」

 テーブルに広げた校内図を見ながら私は職員室までのルートを考える。
 警備員さんも居るし、先生達も日によっては遅くまで残っている。
 そんな中、ネックレスを取り返さなくてはいけないのだ。

「いやー、術使えねーだけで苦労すんだなー」

 出た。ノーテンキ。
 当たり前でしょうに。だから、こうして作戦を練ってるんでしょ!

「アキラもちゃんと考えてよね」

「レミ、そー怒んなって。考えてっからさ!」

「ほんとーに? じゃあアキラの作戦は?」

 私の質問にアキラはドンと胸をたたいた。

「とーぜん! 深夜まで待つ!」

 どーだ! と言わんばかりの表情だけど、何それ?

「待って……どーするのよ?」

「ん? だから深夜だったら警備員1人しかいねーじゃん? だったら楽勝だろ!」

 何を根拠に……。

「いや、確かにそうだな」

 って、ミノルまで!

「さんせ~……」

 ヨーコも~! なんでよもう!

「じゃあ私は家に帰れないじゃないのよー!」

「いや。レミはいったん帰れ。んで、俺がいい時間に迎えに行くから」

「は? どういうこと?」

 首をかしげる私にアキラは笑った。

「親が心配すんだろーよ! だから一回帰って、そーっと抜け出すんだよ!」

 いや、それもっとイケなくない? と思ったけど、ざんねんながらそれ以外方法は見つからなそうだ。

「……ちなみに私ぬきでやるってのは……?」

 3人がそろって首を横にふる。ですよねー。
 というわけで、私はいったん下校することになった。


 ――――……。


 そして、私は家に帰ってからもソワソワが止まらなかった。
 お風呂もご飯もなんか、いつの間にか終わっていた。

「まさかアキラ。当たり前に玄関から来ないわよね? ……いや、やりかねない」

 あのノーテンキはそういうところに頭が回りそうもない。
 とは言っても、もう遅い。
 家に帰ってしまった私は彼の迎えを待つしかないのだ。

「幽霊のお迎えを待つって、どんなホラーよ……」

 ベッドの上で枕を抱きしめる。
 いつもと違うのはパジャマではなく、制服姿な事だ。
 脱いでまた直ぐ着るって、なんだかな。
 と思いながら時計を見る。

「23時半。そろそろね」

 約束の時間を迎えた。
 家の場所、部屋の位置は伝えてある。
 さて、どう来るか……。

「よー! 準備万端だな!」

「うひゃあ!」

 急に壁からアキラの顔が出てきて、私はベッドから跳びはねる。
 下から「どーしたのー?」とお母さんの声が届いた。

「な、なんでもなーい! 寝ぼけてベッドから落ちただけ!」

「レミ、あんたってほんと寝相悪いわねー」

 下からお母さんのあきれた声がして、まぁ、なんとかごまかせたみたい。

「で? なんであんたは笑ってるわけ?」

 枕を抱きしめたまま、壁から顔だけ出してるアキラをにらむ。

「いやー、レミって寝相悪いんだなー。マジウケる!」

「ウケないから! それより今のあんたの方がおかしいから!」

 ビシッと指さすと、アキラは「そーいやそーだ」と壁からすっと出てきた。

「壁抜け。相変わらずね」

 そう。彼は幽霊なので、本気になれば壁をすり抜けられる。
 本気になればってどういうこと? と思うが、そこはミノルの術と同じ。
 気にしないことが大切。

「んじゃ行くか。こっちも準備オッケーだ!」

 アキラに手をにぎられる。
 そのまま引っ張られる私。

「いや、ちょっと待って! 私は壁抜け出来ないって!」

「いーから! 気にすんな! 本気になればもう一人くらいいけるって!」

 いや、何が!? どこから来る自信!? だから本気って何!?

「って、わーーーー!!」


 手を引かれるまま、私は壁に激突!


 ……しなかった。

「あれ?」

 目を開けたら私は屋根の上に立っていた。

「な? 出来ただろ? 手をつないでればもう一人いけんだよ!」

「最初からそう言ってよ!」

「いてぇ! だからそう言ったじゃんかよ!」

 あ。確かにそうだ。
 たたいた後で気づく。

「まぁ、いいや! とにかく行こうぜ! 2人が待ってる!」

 私たちはそのまま夜の道を走っていく。
 なぜか、手はつないだまま。

「……ごめん」

「ん? なんか言ったか?」

「んーん、なんでもない」

 そっか。とアキラは笑ってまた前に向き直る。
 幽霊なのに、不思議とその手にぬくもりを感じた気がした。

 ――――。

 ……夜の校舎は真っ暗だった。
 壁抜けでなんなく、私たちはミノルとヨーコと合流した。
 とは言え、部室の明かりを点けるわけにもいかず、アキラの人魂で校内図を照らす。

「アキラの壁抜けでもうひとり行けるなら、アキラとミノルで行ったら?」

 私の案にヨーコがうなずく。彼女もめんどくさくなってるみたいだ。

「いやー、折角の作戦なんだからみんなでやろーぜ!」

「そうだな。仲間の大事なもん。っつーか、みんなにとって大事なもんだしな」

 アキラの言葉にミノルはうんうんとうなずく。
 いやいや、その大事なもん内緒にしてたくせに。

「私も~……?」

 自分を指さして小首をかしげるヨーコは可愛い。けど、やっぱめんどくさいんだろうな。

「4人で行ったら危険も増すじゃない。ここは少数精鋭で行った方がいいと思う」

「な、なんだその、ショウユセイセイって」

「誰が醤油を作れって言った! 醤油生成じゃなくて少数精鋭! って、あ!」

 3人に「しー……」と人さし指を立てられて、口をふさぐ。
 ……ごめんなさい。つい、大声出しちゃいました。

「と、とにかく4人は反対だよ私」

「でもさ、せっかく来たんだからさ! 見張りだけでも頼むよ」

「そうだな。警備員が来たら知らせてくれ」

「どーやってよ?」

「それはお前が考えろ。いつもアキラに言ってるじゃんか『ちゃんと考えろ』って」

 ミノルのしてやったりという顔に腹が立ったが、言い返せない。
 くやしいから、考えてやろうじゃない。

「わかった。じゃあ4人で行きましょ」

「そうこなくっちゃ!」

「決まりだな」

 アキラとミノルがハイタッチする。
 ため息をつきながら、それを見ているとトントンと肩をたたかれた。

「レミって……かんたんにのせられるよね」

 あ、ヨーコ笑ってる。
 ごめんって! 勝手に人数に入れちゃったけど悪気はないの!
 だから、その笑顔やめてー!


 ……ともあれ私たちは真っ暗な廊下を人魂の明かり頼りに進んでいく。

「まぁ警備員はライト使ってるから、来たらわかるだろ」

「って事は明かりを見たらダッシュだな!」

「いや、それじゃ不審者と思われるから。静かに隠れようね」

「……ずっと隠れてちゃダメ?」


「「「ダメ!」」」


 私たちはヒソヒソと会話をかわしながら職員室を目指す。
 幸い、ここまで警備員に見つかることはなかったけど油断は出来ない。
 なんたって職員室は一階だ。
 警備員室も一階。
 少し距離はあるけど、今は昼と違って静かな校舎内だ。
 何かちょっとした音を立てても聞こえてしまう気がする。
 だって、さっきから自分の心臓の音がうるさいくらいなんだもん。

「よし、着いた。んじゃ俺とアキラで中島の机見てくるから、あと頼むな」

 言いながらミノルとアキラは手をつないで中へ消えていく。
 鍵とか関係ないのってホント便利だな。
 さて、私はヨーコと留守番だ。
 おたがいに左右を向きながら、警備員さんの気配がしたら知らせ合う事になってる。

「ヨーコ、そっち大丈夫?」

「……うん。だいじょーぶ」

 オッケー。こっち側も気配なし。
 でも早くして2人とも! これじゃ心臓がもたないよー!

「……あ」

「どーしたのヨーコ? 来た?」

「んーん……こっち来なかった」

「そう、なら良かった……って、え?」

 私がふり向くと同時に壁からアキラが出てくる。

「ぎゃあ!」

 思わず叫んでしまう私。

「ぎゃあ!」

 そしてなぜかアキラまで叫ぶ。

「見つかったぞ! これこれ!」

 と、ミノルは十字架のネックレスを嬉しそうに首にかけた。
 いや、なんで吸血鬼のくせに十字架平気なのよ! なんてツッコミをしてる間もなく、


「誰かいるのかーー!」


 廊下の向こうで、明かりがこっちに向けられる。
 やっぱり居た!
 ヨーコ! こっち来なかったらOKじゃないから! 見えたら知らせなきゃ意味ないんだから!
 なんて言ってる暇はない。

「逃げろ!」

 アキラの声に私たちはいっせいに動き出す。
 警備員さんがこっちに向かって走ってきた!

「やっべ! お先!」

 ミノルは慌ててケムリになって消えてしまう。

「ちょっと! ズルい! 私たちは!?」

「レミ! いいから早く逃げるぞ!」

 アキラの声にふり向く。
 その瞬間。

 ――――ゴチンッ!!

「いったー……い。って、ヨーコ頭! 頭!」

 私は慌てて、転がっていくヨーコの頭を追いかける。
 どうやら振り向きざまに、頭をぶつけてしまったらしい。

「おいおいヨーコ! 早く逃げろ!」

 アキラは走りながら言うけど、ヨーコの頭は今まさに君の足元に転がっている。
 私はそれを追いかけながら振り返ると、ヨーコの姿が警備員の明かりに照らされた。


「うぎゃああああ!!」


 とたんに校舎中へと響いた悲鳴。
 と同時にバタンと倒れる音がする。

「まさか、気絶した?」

 ヨーコの頭を拾って、おそるおそる彼女に近寄る。
 廊下に落ちた懐中電灯を拾って、なんとなくヨーコに向けてみると……?

「……ひぃい!」

 私は背筋が凍った。
 まあるく照らされた明かりの中、ヨーコは首なしのゾンビとして両手を前に出しながら、あちこちぶつかって歩いている。

「ヨーコ! ヨーコ! こっちこっち!」

 私は廊下で倒れている警備員さんの足元に懐中電灯を置いて、ヨーコの頭をくっつける。

「よいしょっと!」

 トンと首に置かれた頭をヨーコは両手で微調整して、グッと親指を立てた。
 いや、グーじゃないから。あぶなかったんだからホントに……。
 と安心したのも束の間、上の階から声が響く。

「――――おーい! なんだ! 何があった!」

「……ウソでしょ!? まだでてくるの!?」

 まるでゾンビが出て来たみたいに言っちゃったけど、ゾンビはこっちだ。
 いや、そんな事を言ってる場合じゃない。
 階段をかけ下りてくる音がどんどん近づいてくる。

「アキラ! ヨーコをお願い!」

 あんまり無理やり引っぱると腕が取れそうなので、ヤキモキしながら私はヨーコをアキラの元まで連れていく。

「ヨーコと一緒に壁抜けで逃げて!」

「いや、じゃあお前はどーすんだよ!」

「いいから! 何とかするから! 早く! 時間がない!」

 振り返ると、明かりがすでに廊下まで下りてきた。

「行って!」

 二人の背中を押して、私は走りだす。

「おい! 武田! 何があった! おい待てお前!」

 倒れている警備員は武田と言うらしい。なんて、どうでもいい情報は無視して、私はとにかく走った。
 他に声は聞こえない。
 って事は警備員はあの2人だけだ。
 逃げ切れるのかな。なんて、弱音は吐いていられないな。
 とにかく旧校舎だ!

「待てー! おい!」

 渡り廊下は三階。
 階段をかけあがる音が重なる。
 待て。という言葉にどんどん怒りが満ちている気がして、私はますます足を速めた。

「待てと言われて待つ人がいるもんですか!」

 なんだか、ゆかいになってきた。
 何やってんだろ私。まぬけな追いかけっこだな。
 なんて思いつつも旧校舎までたどり着く。
 けど、

「やっぱり、まだ追って来るよねぇ……」

 足音はこちらに近づいてくる。
 私は階段を見上げ、見下ろした。

「ここはやっぱり下よね!」

 そのままかけ下りていく。
 確か旧校舎の非常口はそこから簡単に道路へ下りられたはず。
 中から簡単に開けられるし、あそこを使えば逃げ切れる!
 と思ったのに。

「あれ!?」

 非常口にたどり着いたと思った私は何故か行き止まりに居た。

「やっば! もしかして間違えた?」

 慌てすぎて、逆方向へ来てしまったらしい。
 でも、もう戻れない。
 明かりは廊下にたどり着き、右と左を照らした後、こっちへと向かってきた。

「ダメ……見つかっちゃう」

 何とかすみっこで小さくなるけど、近くまで来たらバレバレだ。
 警備員はもうすぐそこまで来てる。まずい!

「どうしよう……どうしよう!」


「――――なさけねえ声出すなよ。レミらしくねーぞ?」


 ……!?

 聞きなじみのある声が耳元でしたと思った瞬間に私は体を引っぱられる。

「うわぁ!」

 私の体は壁をすり抜け、そのまま道路に尻もちをついた。

「セーフ! あぶなかったな!」

 いつものニコニコ笑顔を見上げる。
 暗闇になれていたせいか、月明かりでもじゅうぶん表情がわかった。

「アキラ……たすかった~」

 体から力が抜ける。

「おーっと、あぶねー」

 前のめりにたおれそうになったところをミノルに抱きかかえられた。

「さっきはわりぃな。あせっちまってよ」

 めずらしく申し訳なさそうに苦笑いするミノルを私は思いっきりにらんでやった。

「まぁまぁレミ。ミノルが術を使って場所がわかったんだからさ」

「……そーなの?」

 私が冷たく聞くと、ミノルはさらに苦い顔をしながら「まぁな」とだけ言った。
 なるほど。罪ほろぼしね。
 なら、許してあげるけど、私たち置いて行ったの絶対に忘れないからね!
 と、目線にありったけの気持ちを込めて、にらむ。

「って、そーいえばヨーコは?」

 気づいた私がキョロキョロとあたりを見回してもヨーコの姿はない。

「あぁ、一回校庭に連れ出した後、ミノルが術で気配を消したから置いてきた」

「置いて来たって! なんで?」

「なんでって。そりゃ1秒でも早くレミ助けなきゃさ」

 アキラは「当たり前だろ?」と笑って言う。

「俺たち、仲間じゃねーか」

 ミノルも笑う。どの口が言ってるのかな君は。

「じゃあ、早く迎えに行ってあげないと」

「そうだな。ちょっと行ってくるわ」

「おう。アキラ急げよ。もうすぐ術の効果切れるから」



 ……え?



 私たちはおたがいに見合って、首をかしげる。



「――――――――うぎゃあああああ!」



 と同時に学校から響き渡る悲鳴。
 あーあ、また変なウワサがたっちゃうな。
 って言うか、ヨーコ。なんで校舎内に居るのよ……。
 そして、なんでまた頭とれてるのよ……。




 ――――――――翌日。

「まぁなにはともあれ! みんな無事で良かったよな!」

 放課後の部室でアキラが明るく拍手する。まぁ、一応みんなもそれに続いた。
 夜中のゾンビのウワサはもちろん、校内中で広がりつつある。
 ヨーコに聞いたら、どうやら私の事を探していたらしい。
いや、嬉しいけどさ。
 彼女にしてはめずらしく、必死に探していたようで小さな隙間(そんなとこに私がいるはずないんだけど……)を探してた時にあやまって頭がとれたとか。
 なんか……うん。またみんなの新たな一面を見られた気がするよ。
 

 と、いうわけで放課後怪談クラブは今日も変わらず元気に活動中です……。