「立派な息子さんじゃない」

 朝食の支度をしながら思い出して、思わず独り言をつぶやいてしまった。

「誰が立派な息子だって?」
「あっ、涼介さん。おはようございます」
「まさか俺のこと?」
「えっ?違います。山田さんです。アパートの」
「ああ、俺が花束を預けた、豪快に笑うおばさん?」

 きっと今頃は息子さんと一緒に幸せに暮らしているだろう。

「君はどう?」

 彼はコーヒーメーカーに冷蔵庫から取り出した豆を入れる。
 コーヒーにはこだわりがあるらしく、朝のコーヒーを作るのは涼介さんの役目だった。

「私ですか?」
「君は今、幸せ?」
「遅刻しますっ」

 私は返事を濁すように、卵をかき混ぜる。
 
 涼介さんは物質面でも、精神面でも充分過ぎるほど私を支えてくれている。
 当然幸せだし、感謝しているのだけれど。

 彼は私を彼女だと言ってくれるけど、それは私が彼氏のいない人生が長くて、男の人との付き合い方が分からない上に、彼女のフリなど難しい私をおもんばかって言ってくれているのだと思う。

 一度でも男性と交際経験があれば、彼女のフリなんて簡単なはず。
 なのに、私がそれをうまく出来ないから、本当の彼氏彼女として、あえて演技をしてくれているのだ。
 
 シンデレラストーリーはいずれ終わる。
 だから絶対に涼介さんを好きになっちゃいけない。
 それに最初に彼は言っていた。

 『仕事が大事な時だから、結婚なんてしている暇はない』と。

 この同居は、あくまでもご両親を安心させるためのもの。
 その対価として、彼は私を色々支えてくれているのだ。

「いつまで卵をかき混ぜる気?」
「あ、すみませんっ」

 別れの日は必ず来る。覚悟を決めて涼介さんとの接し方をちゃんと考えないと。
 そう決意して、フライパンに卵を流し込んだのだった。