「っ、あやと……」


俺の名前を無意識に呼ぶ夏芽。

見つけた時にはもうかなり限界までいっていて、俺が少し遅れていれば危ない状況だったかもしれない。



しかも、この大雨が厄介だ。



俺はポケットに入れていた仕事用のスマホを取り出すと、部下に連絡をする。




『はい、伊吹です!どうしましたか!』


「車を回せ。ホテルも手配しろ」



いつもより格段に低い俺の声に、部下である伊吹は声を詰まらせたが、すぐに返事をして電話を切った。


腕の中で眠る夏芽を、防水の上着でくるむ。


___完全にまずった。油断していた。


あれから上機嫌で俺にくっついてきた名前も知らない女を見て、どこかがおかしいと感じた。



夏芽の居場所を聞けば、無視をされて。


……まあ、俺のやり方ですぐに吐かせたけど。




動機は知らないが、あの女はもう夏芽には近づかせない。



帰ったら、俺の組織へ連れてきて拷問でもしてやろうか。


どちらにしろ、今は夏芽が最優先だ。

低体温になっている。



生い茂った獣道を駆け抜け、なんとか感覚で下山ルートへと辿り着く……のではなく。


下山ルートを今から通るにしても、ふもとに降りるまでに時間がかかりすぎる。



___強行突破しかないね。



そう決断を下してから、無事に下山するまでにはほんの数分しかかからなかった。

そして、降りた先はアスファルトの道。

獣よけのフェンスを飛び越えると、目の前に止めてあった黒い車に乗り込む。




「そ、その方……」


「いい、さっさと運転しろ」


「は、はいっ!」



伊吹が、泥だらけの夏芽を見て目を丸くする。