なのだけど……。


「ちょっと待ってよ、ひどくなーい?」


扉の前でその人とすれ違う時、そんなおちゃらけたような声と共に、腕が掴まれた。


___そしてその瞬間、頭上で、金属の何かがチャリン……となる音。


聞き覚えのある声。におい。


……そして、背の高さ。




まさか……と、信じられない気持ちと期待が入り混じる中、パッと顔を見上げる。




「っ……!」



「婚約してる人ってもしかして俺のこと?」




彼の顔を見た瞬間、ぶわっとすごい勢いで溢れる涙。


だって……。


だってだって。


涙でぐちゃぐちゃになってしまった私の顔を見て、意地悪く笑うのは、綾都だったから……。


5年ぶりの、彼の声、匂い、顔。


全て何も変わっていなくて。

さらに大人になった雰囲気を漂わせながら、私の頭に手を置いた。



「そんなに泣く必要ないって。生きてんだからいーじゃん」



とうとう何も抑えられなくなって、思い切り彼の胸に飛び込んだ。

そんな私を、いつもみたいに笑いながら冗談混じりに言う綾都。




「どこに……っ、いたのよ……」



ポカっと綾都の胸を叩くけど、全く力は入らなくて。

怒ってみせるけど、全く怒る気にはならなくて。



綾都は、私の腰に手を回して、さらに引き寄せた。



「後始末に思ったより時間かかっちゃってさ」



てへぺろ、なんて効果音がつきそうなくらい軽く「ごめんね」なんて謝る綾都。


「言ったでしょ、俺は死なないって」


綾都は、私を落ち着かせるために、何度も背中をポンポンと優しく叩いてくれる。

だからって……自分から火の海に飛び込んで、心配させて……!



「大好きだよ……っ!」



泣きながら、でも、精一杯の笑顔を作って彼の顔を見上げれば、長めの前髪からのぞく目が、少し優しげに細められた。

そして、離れたかと思うと、綾都は片膝をついて私の手の甲にキスを落としてから、薬指に何かを嵌めた。







「結婚、して」







あの時と同じ。

サラッと軽そうに言う彼の瞳は、真っ直ぐに私だけを捉えてる。



「はい……っ!」



5年越しの約束が……願いが。


今、叶ったんだ___。


薬指のリングが光る手が、彼の背中に回った。






「ずっと一緒にいるよ」






大好きな綾都の体と匂いに包まれて、私たちは、また新しい約束を誓った。









『クズな君と恋したら』〜Fin〜