ぐ、と奥歯を噛み締めて泣きそうな表情をする私を見て、心は少し焦ったように「どうしたの?」と背中をさすってくれる。


きっと急にこうなってしまったことに戸惑っているのだろう。


それもそうだよね。


綾都が……転校したのでもなく、他の仕事をしているのでもないことは、この学校では私以外知らないんだから。


綾都の行方がわからなくなったってことも___。


燃え盛る炎に飲み込まれたあの建物の中で、綾都は___。




考えないようにしていたことまで頭の中にぐるぐると渦巻いてしまう。




「……なんでもないの。ただちょっと、寂しくて」


「そっか……」



眉を八の字に下げる心にこれ以上心配をかけたくなくて、私は1人でカフェを後にした。


……もう、いい加減前を向かなきゃ。


涙が出ないように、泣かないようにしなくちゃ。



袖で目元をゴシゴシと擦った次の瞬間、ポケットに入れていたスマホがバイブを鳴らした。


スマホのディスプレイには、【お父様】の文字。


あぁ、またか。そう思った。

私、何度も却下してるのに……。


あまりの呆れにため息をこぼしそうになるけど、それはぐっと飲み込んで、仕方なく応答ボタンを押した。



「……もしもし」


『あぁ、夏芽か。急で悪いんだが、今夜、婚約の申し込みが___』


「嫌です。婚約は受け付けませんと言ったはずでしょう」



婚約は受け付けない、その言葉を聞いたお父様は、ここ数ヶ月ほど私への申し込みを全て断っていてくれたみたいだけど……。


なんで急に……。


もしかして、私が言ったこと忘れてるのかな。