「なにボーッとしてんの?」
 軽音楽部での練習中。ポンポンッ、と後ろから頭をたたかれた。
「うわっ!」
 ふり向くと、白い肌に少し明るめの茶髪が似合う、背のスラッとした男子がニヤッとほほえんだ。
 吉良先輩だ。
 吉良先輩は蒼くんと同じ高校二年生で、軽音楽部の中でもひときわ目立つ存在。
 バンドではギター担当で、その演奏ぶりと、目鼻立ちの整った顔立ちに魅了される女の子が大勢いるの。
うちのクラスにもファンの子がいて、
「ねぇねぇ舞衣花、こっそりスマホで写真撮って来てよ!」
 なんて頼まれたことがあるくらい。
 私は吉良先輩、ちょっと派手な感じだから苦手なんだけど……。
 蒼くんも以前、
「吉良? 同じクラスだけど話したことねーよ。なんかいけ好かねぇ雰囲気だし」
 って話してたし。
「舞衣花ちゃん。昨日、白濱(しらはま)といっしょに帰ってただろ?」
 白濱って、蒼くんの苗字。ふたりでいるとこ見られてたんだ。
 吉良先輩はクスクスと笑い声をたてながら、
「ひょっとして、あいつが彼氏?」
 そうたずねられて、かあっ、と顔が赤く染まる。
「そうじゃなくて、蒼くんはただの幼なじみで、昨日は偶然いっしょになって――」
 一生けん命説明しようとしたけど、どうしてもオロオロしてばかり。
「ふーん、つき合ってんじゃないんだ」
 吉良先輩がまつ毛の長い目を細める。
「はい、そうなんです……」
 真っ赤になったままうつむいてると、吉良先輩は、私のあごにクイッと手をかけてきて。
「じゃあ、今日はオレといっしょに帰らない?」
 ええっ!?
 突然の誘いに大きくとまどっていると、
「コラ! 吉良、下級生ナンパしないっ!」
 と、部長が声を荒げた。
「チッ、うっせぇのが来た。じゃあ、またね。舞衣花ちゃん」
 吉良先輩は、そそくさとバンド練習に戻って行く。
 びっくりした~! まだ心臓がバクバク鳴ってる。
 からかわれただけなんだろうけど、なんかちょっと……恐かったな。
「あいつ、スキあらばすぐ後輩に手出そうとするんだから。大丈夫だった? 如月(きさらぎ)さん」
「あ、はい――」
 ありがとうございました、と部長に会釈すると。
「それならよかったけど。最近、如月さん元気ないみたいだから、気にかかってたの」
 ズバッ! と胸の内を見抜かれて、背中に冷や汗が流れる。
 まいったな。周りからも分かるくらい、そんなに凹んだ表情してるかな。
「いったいどうしたの? この前まで、とってもはり切ってたじゃない。好きな人に、自分の演奏聴いてもらうんだって」
「……文化祭が近づいてきたから、なんか緊張してきちゃって。私にとっては、はじめてのステージだし」
 と、笑ってはぐらかしてみせたけど、私の心は、先日の蒼くん家での出来事以来、深く沈みこんだままなんだ。