「オレと結婚してくれ!!!」

 牛の鳴き声が木霊する田舎道。黄色く色付くポプラの木々が、右に左に小さく揺れている。天気は快晴。雲一つない穏やかな昼下がりだった。紅髪の少年・ユーリが一世一代のプロポーズに踏み切るまでは。

 家畜の世話や農作業をしていた村人達が、皆一様に手を止めて彼と白いカソック姿の女性に目を向ける。女性の背後には護衛役を担う騎士達が10名ほど控えていた。

 少年ユーリの手には白い花がある。花の直径は2センチほど。花びらは細かく幅は1ミリ以下。一本の花茎が枝分かれして4つの花を咲かせていた。

 嘲る者。慌てふためく者。周囲の大人達の反応は一部を除き概ね否定的だ。ユーリはそれらを感じ取ってか、キツく唇を噛み締めている。

 相手の女性の名はエレノア・カーライル。20歳。やわらかなミルキーブロンドの髪に、瑠璃(るり)色の瞳が印象的な柔和な女性だ。

「ふふふっ」

 エレノアの表情が(ほころ)ぶ。その表情はあたたかだが、何処か寂し気でもあって。

「っ!」

 彼女は身を屈めてユーリと目線を合わせた。ユーリはたじろいだが直ぐに持ち直す。下がった右足を前へ。栗色の瞳をエレノアに向ける。

「光栄ですわ。今度はその勇気をわたくしに向けてくださるのね」

 エレノアは微笑みかける。ユーリをそっと包み込むように。栗色の瞳が期待と不安で大きく揺れた。

「ありがとう、ユーリ。とっても嬉しいわ」

 本心だった。エレノアの手が野花とユーリの手に触れる。彼女のものよりも一回り以上小さなその手は、汗でしっとりと濡れていた。

「……OKってことでいいのか?」

「ええ。勿論よ」

 エレノアは野花を抱いた。太陽を思わせるような甘く香ばしい香りがする。目の前の少年ユーリを思わせるような香りが。

「~~っ!!!」

 ユーリの唇が三日月の形に。顎がぷるぷると震え出す。

「よっしゃ! よっしゃー!!」

 ユーリは飛び跳ねた。何度も。何度も。この上なく無邪気だ。周囲の大人達も一変して笑顔に。エレノアも笑顔を浮かべるが、その笑顔にはまるで隙がなかった。悟られまいと、溺れるまいと必死に足掻いているからだ。

 互いにとってこれは夢。叶わぬ幻想。後にこの出来事は甘酸っぱい思い出となって記憶の引き出しにしまわれる――そう思っていた。

 しかし、2人は苦難の末に結ばれ永久の愛を誓うことになる。『追想の勇者』ユーリ・カーライル。これは彼が生涯愛し続けた女性、聖女エレノア・カーライルの愛と生き様を描いた物語である。