津宵はふと、向こうの方で鳴り物を鳴らして騒ぎ立てている、一人の男に目が行った。

 ドン!ドン!ピー!ピー!

「なんで皆さんは、働く事しか脳がないんですかぁ~? せっかくクビにされて、会社のしがらみとも無縁な身になったんだから、遊んで暮らしましょぉよぉ~!」

 緊張感のない顔立ちで、男は歩き回っていた。明日生きていけるかどうかすら分からない失業者の感情を逆なでする、男の無神経な言動。この男の名を、蘆屋道満(あしや どうまん)といった。
「好きでクビになったんじゃねぇんだ!俺たちをバカにするな!!」
「働かなくても食っていけるような奴には用がない!さっさと帰れ!!」
 バカ騒ぎをする蘆屋に対して、激しい怒号が飛び交っていた。蘆屋はそれをものともせず、鳴り物を打ち鳴らし、歩き回っていた。
 蘆屋の論理は、もはや通用しなくなっていた。現在の不況は、90年代の不況とは根本的に違う。あの頃は、働く事は美徳という価値観が嘲笑されるほどカネが余っていた。働かなくても当分は食っていけた。働き所はあるのに働かない人が増えたために、不況になっただけのことだ。
 だが今は違う。働かない事には当然食っていけない。しかし働き場所がなくて困っているのだ。蘆屋の言動は当時ですら奇異に感じられるものだったし、現在はなおさら不謹慎な響きを帯びる性質のものだった。
「あいつは・・・・まだ分かってないみたいだな・・・・」
 津宵は、蘆屋のバカ騒ぎを眺めながらつぶやいた。