人類の宇宙進出は過酷な環境に適応できるか否かにかかっている。人体に有害な宇宙線は有り余るほど飛び交っているのに、人が生き延びるために必要な酸素も水も無い。そんなところへ行かなきゃいいのにって話になりそうなものだが、そうはならないのが人間の不思議さだ。
 誰も行ったことのない世界へ行きたくて仕方が無い人間たちは宇宙飛行士を目指す。そんな者たちの中に、本稿に主役である二人の男女がいた。二人は『友達以上、恋人未満』の関係である……と言いたいところだが、最初は違う。二人はライバルだった。宇宙飛行士という狭い枠に入るための競争相手だったのだ。
 宇宙飛行士への道は険しい。知力体力共に優秀でなければならないのだ。筆記試験や体力テストをクリアして、最後の難関へ挑む。それが閉鎖環境下適応試験である。狭い宇宙船内を模した幾つかの部屋で共同生活を行い、問題なく過ごせるかどうかをテストするのだ。
 そこには必要最小限のプライバシーを保てるだけのパーソナルスペースしかない。当然ストレスが溜まる。そのために人間関係のトラブルが起きたら失格だ。そう言った問題を起こす輩はノーサンキューなのである。
 人間関係のトラブルとして恋愛のいざこざがある。愛し合っていた二人がいつしか憎み合うことはしばしばあるが、それが長期間にわたって一緒に生活しなければならない宇宙船内で起きると、当人たちだけでなく他の乗組員にも精神的な負担となる。従って、宇宙船内での職場恋愛は厳禁なのだ。
 だが、禁止されると燃え上がってしまうのが色恋沙汰だ。本稿の主役の男女も、そうなってしまった。ただし、想いは外に出さない。知られたら失格だからだ。
 閉鎖環境下適応試験中は、トイレや入浴といった最低限のプライバシーを除いては、受験者の行動が監視カメラで見張られている。また、二人以外の受験者もおり、他の受験者が試験官へ密告する恐れもあったので、愛し合う二人はアイ・コンタクトでお互いの想いを確認し合っていた。
 親しく語り合うことも、触れ合うことも出来ない。しかし、お互いを想う心は確かにある。だが、それは本当の恋人同士と呼べるのか? 二人は『友達以上、恋人未満』の間柄でしかないのでは? そんな疑問が二人の中に渦巻いていた。そして、宇宙飛行士になるという二人の夢も、ここに来て悩ましい問題となっていた。二人が宇宙飛行士となり、宇宙船に乗り込んだら、恋愛厳禁が継続するのだ。『友達以上、恋人未満』の関係が、ずっと続くことになってしまうのだ。二人は、それに耐えられるのか? 分からない。先のことは何も。
 夢と愛の間で苦悩する日々に、一区切りをつける日が訪れた。閉鎖環境下適応試験が終わり、その合格者が発表される時が来たのである。居住区のモニターに合格者の名前が表示された。二人の名前が、そこにある! それを見た二人は喜び、固く抱き合い、そして情熱的な口づけを交わした。
 そのときだった。
「両名失格。恋愛厳禁のルールを破ったためです」
 居住区のスピーカーから非情な宣告が流れた。閉鎖環境下適応試験は、合格発表後の振る舞い方を含めた考査だったのである。
 二人が落胆したのは言うまでもない……かと言うと、よく分からない。
 少なくとも、失格のコールがあった直後は、それどころではなかった。お互いの唇を激しく求め合うことに夢中で、他のことはまったく気にならなかったのである。