岩泉君が私を好き。

 どうしてもその事実を受け入れることができない。

 学生の頃の記憶をたどっても、坂井君との会話を思い出してみても、思い当たるふしは全くなかった。

 からかわれたのだろうか。それにしてはさっきの岩泉君は鬼気迫るものがあった。あれが演技だとしたら彼は役者の才能があり過ぎるし、そこまでして私を騙す意図が全くもってわからない。

 納得のいく答えを見つけられないままなかなか寝付くことができずにいたが、いつの間にか眠っていたらしく、アラームの音で覚醒した。

 出張の日程はまだ半分残ってる。考えるのはやめて仕事に集中しよう。私にそんな余裕はない。

 シャワーを浴びて気合いを入れ直し、朝食をとるためレストランに向かった。

「おはよう」

 ロビーで集合するまでは別行動であるはずの岩泉君が、テーブルの向かい側に現れた。

「ふ、副社長!?」

 特に断りもなく同じテーブルについた岩泉君は、オーダーを済ませると『今日も暑くなりそうだね』などと、ごく自然に話し始めた。

 変に意識して身構えてしまった自分が恥ずかしくて、それを誤魔化そうと受け答えをしながら食事を続ける。

 昨夜私への想いを熱く語っていたはずの岩泉君だったが、なんてことはない、いつもと変わらぬ魅惑の御曹司そのものだ。

 いつもと違うのは、そんな彼がすぐ目の前で食事をしていることだけだろう。だがそれが問題だ。どう頑張っても岩泉君が視界に収まってしまう。目のそらしようがない。

 カトラリーを持つ繊細な指先。上品にスープを口にする薄い唇。上下する喉仏。朝だからだろうか‥‥その全てがフィルターをかけたかのように白く輝いて見えた。後でじっくり堪能したいから、誰かこの映像を配信して欲しい。惜しみなく課金する。

「昨日の話だけど‥‥」

 あまりにも色気たっぷりな岩泉君の食事風景に、いつの間にか完全に意識を飛ばしていた私は、彼の声にハッとする。

「あまりに突然で驚いたよね?でも俺が安田さんを好きってこと、どうしても伝えたくて。この気持ちは間違いでも勘違いでもない。安田さんの気持ちを無視するつもりはないけど、俺は絶対に君を諦められない。どうしようもないくらい君のことが好きなんだ。どうか俺のことを前向きに考えてみてくれないかな?」

 色白な岩泉君は瞳も色素が薄いのか、透き通るようなライトブラウンだった。いつも遠くから彼を見ていた私は、今まで瞳の色なんて見る機会がなかったことに気付く。

『岩泉君は上司、岩泉君は上司‥‥』

 頭の中でおまじないの言葉を繰り返し、必死で煩悩を振り払う。この後、私はちゃんと仕事をこなせるのだろうか?不安しかない。