まずはM&A統括部の担当者と会って、念入りに打ち合わせを重ねた。

 どうやら父さんは澤田薬品との合併に難色を示していたらしく、今回の俺の提案は渡りに船だったらしい。親心からのお墨付きかとも思ったが、あの人がそういうタイプじゃないのは昔からだった。

 細かいところはプロに任せ、俺は澤田薬品の執行役員数人にアポイントを取って合併の話を持ちかけた。本当に社長が無能なだけだったのだ。彼らは真剣に会社と社員の将来を案じ、世界に誇るその技術力が失われることを何よりも危惧していた。

 俺としては澤田社長を追い出せれば目的は達成される。三角側としても腐りきった経営陣がいなくなれば、ある程度寄り添った形での合併が好ましいと考えているようだった。

 澤田薬品は潰すには惜しいいい会社なのだ。

 執行役員と協力して合併の準備を水面下で進め、経営陣の梯子が外される段階が着々と近づいた頃、ようやく不穏な動きを察知した澤田社長から連絡が来た。

「社長の私が知らないところで合併の話が進んでいると耳にしたんだが、一体どうなってるのか‥‥誠太郎君、何か聞いてないかい?」

「さあ?今は三角エネルギーにいるので、私にはわかりかねますが‥‥」

「君のことは学生の頃から知ってるし娘とのこともある。私達は知らない仲でもないだろう?何か知ってるなら教えてくれないか?」

「娘とのこと‥‥ですか。澤田社長は本当に何もご存知ないんですね?あなたの娘のやよいさん‥‥でしたか?彼女が私の婚約者を誹謗中傷する内容の怪文書を社内メールで一斉送信してくれましてね?そのせいで私の婚約者は心身共に相当なダメージを受けています。あまりに酷い被害なので、名誉毀損と侮辱罪でやよいさんを訴えることも視野に入れ、法務部と相談してるところなんですよ?」

「え?婚約者‥‥?怪文書‥‥?」

「お見合いの件はお断りしたはずなのに、やよいさんにしつこく付きまとわれて本当に迷惑してたんです。その上こんなことをされたんでは‥‥ねえ?」

「申し訳ない!娘が、やよいが本当に‥‥」

「まあ全ては今更です。私の婚約者の件は会社で起こった事件だったので、やむなく父にも報告させてもらっています。この件と合併は無関係ですよ、と言ってあげたいところですが‥‥私個人としては、あなた方には爪の先ほどの温情も感じてないことだけは確かです」

 これで澤田やよいは少なくとも父親から責められるだろう。そして父親は近々会社を追われて無職になる。それも彼女のせいだと責められる。頭の良くないこの父親がこの先困難を易々と乗り越えられるとは思えない。その都度彼女は責められるのだろう。