噂の婚約者澤田さんとは、会ってないし話してもいないことになってしまったわけだが、このことを岩泉君に話さなくて本当に大丈夫なのだろうか。なんか最後に不穏なことを言ってたし、絶対何かしてくるよね?

 そもそも、岩泉君に婚約者の噂について確認しなかったのが良くなかった気がする。あれだけ噂が広がってたら、本人が知らないはずがない。噂について弁解しようとか思わないのだろうか?‥‥まあ、何も聞かない私が言えた話ではないのだが。

「椿、今日帰ってくるの少し遅かったね?どこか寄った?」

 ん?遅かったって1時間くらいだよね?もしかして退社時間を把握されてる?

「あー‥‥最近家と会社の往復だけだし、ちょっと息抜きしたくてぶらぶらしてたの」

「ふーーん‥‥」

 やばい?なんか疑われてる?

「どうかした?」

「‥‥いや、少し前までは椿がどこで何してるかなんて知りようもなくて、それが当たり前のことだったのに、今は気になって気になってしょうがないんだ。本当は一日中視界に入れておきたい‥‥椿、秘書室に異動は」

「嫌ですよ?」

「‥‥わかってる」

 正直岩泉君の愛は激重だと思う。私に関すること限定でネジがゆるみまくっているし、常識も越えがちだ。

 言動の異様さにはじめは戸惑ったが、慣れてしまえばその多くをさらっと流せるようになって、許容範囲は日々ぐいぐい広がっている。

 強過ぎる執着もきつめの束縛も、許容範囲内なら愛情表現だと感じてしまうのだ。私のネジも大概ゆるんでいるのだろう。

 こんな状態では彼を疑う方が難しく、その結果、噂を放置することになってしまったのだ。

 それに彼のプライベートに関する噂のほとんどは、確かめるまでもなくデマだった。

 岩泉君は現在、就業中の9時~5時を除いたほぼ全ての時間を自宅で過ごしている。そしてその間、飽きることなく私を愛で続けているのだ。プライベートがほぼ100%私‥‥それもどうかと思うが事実なのでしょうがない。

「気軽に息抜きもさせてやれなくて、本当にごめん‥‥そうだ、次の土日は車で少し遠出をしよう。東北か関西か‥‥関東を離れれば人目を気にしないで済むだろう?」

「え!いいの?‥‥どうしよう、凄く楽しみだ」

「くうう‥‥椿!かわいい!愛してる!」

 私は毎日全力で愛され続けている。多少の不自由さは感じるが、それ以上に今がしあわせなのだ。余計なことなんて考えたくない。ずっとこのままがいい。