「ねぇ、調子に乗ってるの? お姉様」
「痛……っ、そこ、怪我してるからそんなに強く掴まないで……っ」
「口答えしないで。私、再三言ったよね? 攻略対象には近づくなって……。どうして私の言うことを聞けないの? そんなに私を怒らせて、もっとひどい目に遭いたい?」

 ペトロニラは腕を掴む力を強め、爪も立ててくる。ルサレテは絞り出すように小さな声で反発した。

「もう……ひどい目には遭ってるわ。私の全部を奪ったじゃない」

 元婚約者も、両親も、学園の人たちも、誰もがペトロニラの味方だ。なぜなら彼女は、模範的で、完璧な令嬢だったから。でも実は、乙女ゲームの力を使ってずるをして得てきた評価だったのだ。きっと、今目の前で見せているのが本来の彼女なのだろう。

「目障りなの! お姉様なんて、あの日階段から落ちて――死ねばよかったのに!」

 彼女は力いっぱいこちらを突き飛ばして、踵を返した。尻もちを搗いたルサレテは、ずきずきと脈打つように痛む腕を擦って俯いた。

(全部奪ったのだから、攻略対象のひとりくらいもらってもいいわよね。ペトロニラ)

 ペトロニラが乙女ゲームの力で攻略対象たち上流階級に取り入り、国一番の花嫁候補という名誉と確固たる地位を築けたのなら、ルサレテも現状を変えることができるかもしれない。やられっぱなしでいるつもりはない。

 そして、同じく医務室から出てきたサイラスが、姉妹のやり取りの全貌を見て唖然としていた……。