ルサレテの姿をみた生徒たちは、ひそひそと噂話をした。懐疑的な視線を四方から集めながら席に座ると、近くに座っていた生徒たちが、逃げるように席を移動していく。あからさまに嫌われてしまったらしい。

 だから、今の自分にできることは、乙女ゲームの攻略を頑張って少しでも誰かの好感度を上げて、味方を作っていくことしかない。 
 今すぐこの場から逃げてしまいたい気持ちを抑えた。

 講義室の中には、ロアン以外の攻略対象たちもいる。彼らもこちらのことを軽蔑するように見ていた。ルサレテが小さく肩を竦めると、頭上から「おはよう」と言う声が降ってきて、はっとして顔を上げると、ロアンがこちらを見下ろしていた。
 表情に少し前のような冷たさはないが、好感度は-90と低いままだ。

「おはよう……ございます」
「あのさ、恥じることをしてないっていうなら、もっと堂々としてな。そんな風に俯いていたら、悪いことをしたのを認めたように見える」
「は、はい……!」

 きっとロアンもまだ、ルサレテのことを疑っているから、この好感度の低さなのだろう。でも彼は、生徒たちから露骨に拒絶されるルサレテを可哀想に思ったのか、自分だけルサレテの隣に座った。

「言っておくけど、俺が君の味方っていう訳ではないから。勘違いしないように」
「……は、はい、分かっています。……でも、気にかけてくださったんですよね……? 心細かったので、嬉しいです」
「……別に」

 冷たく言いつつも、図星だったらしく、頬杖をつきながらきまり悪そうに目を逸らした。その様子を見て気が緩み、ふっと小さく笑うルサレテ。
 2人のやり取りを遠目に、生徒たちはどうしてロアンはルサレテのことを気遣うのかと疑問に思う。

「なぜロアン様がルサレテ様のお隣に……?」
「あの方が庇うってことは、今回の件でルサレテ様は悪くないのかな?」

 生徒たちが内緒話する中で、ペトロニラは気に入らなそうにひっそりと親指の爪を噛んでいた。
 すると、授業が始まってしばらくして、空中ディスプレイが点滅し、『イベント発生』の文字が表示された。

(授業中にイベント……?)

 それは、エリオットが対象になる好感度上昇イベントだった。
 これから、講義室の中に窓から虫が入ってきて、室内は大騒ぎになる。授業どころではない混乱の中で、対処できるかというところだ。ちなみに、エリオットは大の苦手で有名だ。

 確か、前世でプレイしたゲームの中でもこんなイベントがあり、ヒロインのペトロニラは虫取り網で捕まえたはずだ。画面のアイテム欄を確認すると、虫取り網が購入できるようになっている。

 その一分後、予告通り窓から小さな虫が入って来て、講義室の中は騒動になった。女子生徒たちは悲鳴を上げ、男子生徒たちは虫が自分のところにやって来ないようにあしらったり、教科書で顔をガードしたりしている。

「やだ、私虫大嫌い……っ。誰か、早く何とかして……っ!」

 本来なら虫を撃退して賞賛される予定だったペトロニラは、他の生徒たちと一緒にきゃあきゃあと騒ぎ、講義室の隅まで逃げた。そして、同じく避難していたエリオットを盾にするように背中に隠れている。

 虫はそんな2人のところへまっすぐ飛んでいき、あろうことかエリオットの鼻の先に止まった。大の虫嫌いのエリオットは、顔を真っ青にして固まった。

(こんなの……わざわざポイントを消費して網を買う必要ないじゃない)

 ルサレテはすっと立ち上がり、顔面蒼白のエリオットの元まで歩いた。

「な、何を……っ」
「少しじっとしていてください」
「……!」