内ポケットからカードを。
 胸ポケットからチーフを。

 すっとスマートに出せる男性は、年齢を重ねられてもやはり雅だと思う。



    ◇◇◇


 よろしければ、庭にテーブルをご用意致します、と言う母の言葉をオースティン様は断られた。
 こちらの温室を一周するだけで、お暇致します、と続けられる。
 大して広くもない温室を一周するだけの時間で、何のお話をされるのだろう?

 訝しく思うけれど、オースティン様がエスコートの腕を差し出されたので、肘に軽く手を添えて、温室の中をゆっくり歩きだした。
 温室の入り口にスザナが立ったが、後を付いてくることはなかった。

 
 歩き始めて、母のお気に入りのバラのコーナーに差し掛かった時、ようやく足を停めて、オースティン様が話を切り出された。


「先ずは弟の処分について、お許しをいただきたいとお願いをしたくて」


 キャメロンの処分について?
 彼には慰謝料とその他にひとつ、御祝いとして書き加えたものがあった。
 それ以外には何の要求も処罰も求めていない。


 わたしからの願いだと書いたふたりへの御祝いも、わたしのことはお気になさらずに結ばれますようにと本音は隠して、表面的には当たり障りなくお伝え出来たと思った。


 無事にアイリスと卒業後に結婚すると、閣下からの手紙に書いてあったと、父から聞いていた。
 それを叶えてくださったのだから、特にお話を聞かせていただかなくても良かったのに。


「アイリスは一足先に、本年度で学院を辞めてサザーランドへ向かい継母と暮らしますが、弟は卒業まで後1年学院へ通うことになりました。
 お目障りかと思いますが、貴族男子である以上学院の卒業は、必須です。
 決してカーライル嬢に付きまとい等しないように、取り計らいますので、お許しいただきたいのです」


 学院を辞めたアイリスだけが先に……
 最終学年を彼女の顔を見ずに過ごせることが嬉しい。
 実のお母様よりも慕っていると話していたセーラ様から直々に、1年掛けて侯爵家の花嫁教育を受けるのね。


 キャメロンが侯爵家の次男である以上、後継者のオースティン様にお子様が生まれるまでは大切なスペアだ。
 もし彼が繰り上がり侯爵家を継ぐことになれば、学院を卒業していないと周囲から侮られる。
 侯爵家がキャメロンに卒業証書を与えたいのは理解出来た。


「承知致しました。
 来年度のクラスは離して欲しいと学院に頼んでおりましたから、接触する機会はないと思いますが、お知らせくださいましてありがとうございます」

「それと、本来ならば内々のことなのでお伝えするべきではないのはわかっているのですが……
 余計なことを知らせるな、とカーライル嬢の気分を害してしまうことをお許しください。
 ……この先、キャメロンとアイリスの間に生まれた子はロジャースが引き取ることになりました」

「……それは閣下の奥様の、セーラ様のご実家のロジャース伯爵家に?
 あちらのご養子に?」


 現ロジャース伯爵はセーラ様の弟に当たられる。
 次代の伯爵はキャメロンの従兄モーリス様で、まだ新婚だったはず。
 その叔父か従兄、どちらかの養子に?


 男児か女児かもわからない、生まれる前から決められた、その不自然すぎる養子縁組に嫌な想像が頭を占めた。