「お母様は、わたしには隠しています。
 食も進んでいないようで、気になっていました。
 専属メイドのアンに尋ねたら、夜に何度も目を覚まされているご様子だと聞きました。
 それでクーパー先生に至急に処方をお願いして、昨日の夜に届けていただきました」

「薬を飲んで、昨夜から今朝にかけては眠れたんだろうか……」

「それはまだ聞いていなくて。
 ……わたしに人を見る目がなかったせいなのに、お母様は責任を感じていらっしゃいます」

「そうか、承知した。
 お前も酷な目に遭ったのに、ローレンの体調にまで気を遣わせて、すまなかった」



 父が頷いてくれたので。
 それ以上、この話を続けることはしなかった。


 母が戻ってくる前に、生臭い話は済ませてしまおう。



「慰謝料の額を決めろと言われましても……
 大体はどれ位を請求するんでしょう?」

「俺もさっぱりわからないから、フレイザーが参考までにと以前扱った、相手側の不貞による婚約破棄で支払われた金額を教えてくれた」


 そう話しながら下書きを裏返したので、止めようとしたのに、そこに父は数字を走り書きした。
 父はあちらこちらに平気でペンを走らせるひとだ。


 見せられた金額は想像より高額だった。
 これが正式に結ばれた婚約での破棄で、有責側が支払った額なのね。



「……ではこの金額の、1/2はいかがでしょうか?」

「いかがでしょうかって、お前が決めたらそれでいいが……
 大した額にはならないな。
 どうして、その額にする?」


 
 慰謝料を請求すると決めた時点で、大体の金額はわたしの頭の中にあった。
 わたしは侯爵家と敵対したいわけではない。

 キャメロンに、わたしを侮った代償を支払わせたいだけ。



 わたし達の交際はまだ公にはなっていなかった。
 学院ででも、クラスが離れているキャメロンと合流する昼休みはアイリスと3人で過ごしていたし、週末のデートもスザナも入れて4人。

 あれを都内で見たひとが居たとしても、わたしとキャメロンとのデートには見えなかっただろう。
 反対に、幼馴染みカップルにわたしがくっついているように見ていたひとも多かったに違いない。


 もう付き添ってくれなくてもいいのよ、なんてアイリスに言わなくて良かったとつくづく思う。
 新学期になっても、噂に悩まされずに済む。


 それは彼女が意図したことではないだろうけれど。

 結果として、アイリスに助けられたみたいなものだ。