元々の計画はこうだった。
まどかの誕生日会にサプライズとして最近懐いている蓮見を呼んで、何か余興をお願いする。しかし、直前になって誕生日会ではなく、バレンタインデーをやりたいと言い出した為、急きょ予定を変更した。サプライズで誕生日会もやりたかった私は、蓮見に妹をバレンタインデートに連れ出すようにお願いした。その間に、秘密裏にパーティーの準備も行う計画だ。
「妹ちゃんが帰って来るのが何時だっけ?」
リビングのテーブルに荷物を置いた未央が聞いた。
「夕方の5時頃まで粘ってくれるようにお願いしてる」
「なるほど」
未央はそう言うと時計を見た。ちょうど11時を回ったところだ。
「まだ時間はありそうだけど、急いだ方がいいね」
「未央には、部屋のデコレーションをお願いしてもいい?」
積み上げられた飾りの山を見て、私は聞いた。私よりきっと未央の方が、色々知識がある気がする。
「任せて。ただ、高いところが…」
それからダイニングテーブルで呑気にお茶をすすっている男子三人に目を向けた。
「全員180超えだっけ。いらない心配か」
「使えるものは使いましょ」
私はにやりと笑った。
「透は?食べ物全部、自分で作るの?」
私が頷くと、未央は残念そうに頭を振った。
「ごめんね。私、本当に料理だけは…」
「大丈夫。私がこだわりたいだけだから」
そして、サプライズパーティーの準備が始まった。
私はパーティーフードのレシピをキッチンカウンターに並べて、効率の良い順番を考える。最初から一人で準備することを想定していたため、簡単なメニューを選んでいた。そのため、天城がキッチンに現れた時には驚いた。
「手伝う?」
私は両手にリンゴを持ったまま、彼を見つめた。
ふと天城家の全く使用された様子のないピカピカのキッチンを思い出した。そして天城本人も普段から料理をするタイプには見えない。
「料理出来るの…?」
一抹の期待を添えて聞いたが、案の定天城は首を振った。
やはり、と思ったが、彼は意外なことを言った。
「ローストビーフは作れる」
「ほ、本気?」
私があまりにも驚いているのが気に入らないのか、天城の眉間に皺が寄った。
「何」
「いえ、かなり意外だったもので…」
それから私はカウンターの上に置いてある、レシピの紙束を彼に見せた。
「私が作りたいのが、これ。ローストビーフも考えていたから助かるわ」
簡単に食べられるものとして、ミニサイズのアメリカンドッグから始まり、重箱に格子状に盛り付けられた海鮮ちらし寿司、バゲットをカットし、野菜をゆでるだけでそのまま出せるチーズフォンデュ、そしてローストビーフ。ケーキには、見た目のインパクトが強そうなリンゴのブーケタルトを選んだ。
「ふうん」
走り書きの私のメモ用紙を見ながら天城が言った。
「このちらし寿司も出来る」
簡易的に描かれた私のイラストを解読するのが大変なのか、しかめっ面はそのままだ。
「本当?お願いしてもいい?」
天城は頷いた。
かなり負担が減った。
私はリンゴの皮をむきながらそう思った。
自分の仕事である、ケーキ作りだけに専念できたせいか、手際よく進んだ。天城も無駄口を一切叩かず、無言で料理をしている。タルト生地まで完成し、一時間以上寝かせるために冷蔵庫に入れたところで天城の方はどうかと見ると、ちょうどコンロの火を止めたところだった。
「どう?」
私は天城の隣に並び、お湯の中を見ながら聞いた。アルミホイルに包まれた長細い塊が、鍋の底に沈んでいる。ローストビーフの作り方を知っているというのは、事実だったようだ。
「30分放置。そっちは?」
「タルト生地を冷やしている最中。次は下ごしらえをするわ。休んでいてもいいわよ」
私は既にソファーで休憩している五十嵐と榊に目をやった。
未央の指示のもと、簡素だったリビングは今や誕生日の雰囲気に包まれていた。色とりどりのバルーンや、ハッピーバースデーの文字がキラキラ輝いている。ここまで自分たちの力でやるのは初めてなのか、男組は疲れ果てている。未央は鼻歌を歌いながら飾りつけをしていたが、ソファーでぐったりしている二人を見ると、叩き起こして更に風船を膨らませるよう叱っていた。
「いや、手伝う」
彼らから目を離すと、天城が言った。ソファーで休んだものなら、未央に背中を叩かれると思っているのだろうか。
「そう?じゃあ、ちらし寿司を始めてもらおうかな」
素直に頷くと、天城は既に用意しておいた小さい重箱を一つずつ並べていった。
「酢飯はこれね」
「手際がいいな」
ぼそりと呟くのが聞こえた。
「出来た~?」
部屋の飾りつけがひと段落したのか、五十嵐がキッチンにやって来た。
私はちょうど煮リンゴのスライスを、一つずつくるくると巻いているところだった。
「もう少しかかるわね」
「そっちは終わったのか?」
揚げたての小さなアメリカンドッグを皿に移しながら天城が聞いた。
「一応ね」
それから五十嵐は後ろを振り返った。榊は何やら楽しそうに音楽の選定をし、それに対して未央が却下を繰り返している。
「二人の世界だから」
やれやれと頭を振りながら五十嵐が言った。
「なるほどね」
どこか微笑ましい気持ちで二人の様子を見る。未央は榊が好きにも関わらず、それを態度に一切出そうとしない。榊はあんなにもあからさまだと言うのに。
(もどかしいが、二人のタイミングってのがあるんだろうなぁ…)
「なんか手伝う?」
手を止めて二人を凝視していた私の隣に来た五十嵐が言った。
てっきり休みたがっていると思ったのに、思いがけない提案に私は食いついた。
「手先器用?」
「まあ、人並みには…」
「じゃあ、これ作れる?」
薄くスライスしたリンゴを数枚巻き付けてバラの形にしたものを見せた。
「出来る・・・と思う」
五十嵐は腕まくりをし、手を洗うと、私の見本を見ながらリンゴを巻き始めた。
「こんな感じ?」
「そうそう。中心は核にしたいから狭く巻いて、その後は花びらに見せたいからふんわりと巻くイメージ」
五十嵐の細長い指は繊細なものを作るのに適しているようだ。悔しいが私より綺麗なバラが出来上がっている。しばらく五十嵐の作業を見ていたが、ふと気になって言った。
「ねえ、前髪上げてもいい?手元、見づらいでしょ」
五十嵐はしばらく考えていた様子だったが、「いいよ」と答えた。
それから私の方に向くと、私の目の高さまで上半身をかがめてくれた。
私は頭につけていたピンを取り、五十嵐の前髪に手を伸ばした。薄茶色の柔らかい髪は、さらさらと流れるため、まとめるのに苦労する。
「ちょっと待ってね…」
私の手際が悪いのに苛立ちを覚えた天城が、私からピンを奪い取ると適当に前髪を上にあげそのまま留めた。
「これでいい」
「相変わらず乱暴だな~」
五十嵐の切れ長の青い瞳が、明かりを浴びてきらりと光る。見慣れない五十嵐の外国人のような目に吸い込まれそうになる。ここまで間近で五十嵐の目を見たのは初めてかもしれない。今まで気がつかなかったが、かなり美しい蒼色だ。
「どんだけ見てんだよ」
天城に頭の後ろを手刀でチョップされ、私は我に返った。
「ごめん、あまりに綺麗で。・・・これが嫌なんだよね」
私はすぐさま反省する。
「透なら別にいいよ」
五十嵐は目を細めて笑った。私はこほんと咳をし、気を引き締めると言った。
「バラは12個お願い。隙間を埋めるのも必要だから、芯だけのを10個欲しいかな」
「了解~」
ゆるい返事をする五十嵐。
「出来たら、このキッチンペーパーの上に置いておいて」
食事の方は天城がほとんどやってくれているので、私はタルト生地を空焼きしている間、タルト用のチーズクリームを作り始めた。甘すぎると母親にも怒られそうなので、少し甘さ控えめのクリームにしようと何度か味見をする。すると、隣にいた五十嵐が言った。
「僕も味見~」
私は新しいスプーンを使い、手が空いてない五十嵐の口に入れた。
「どう?」
「うん、美味しい」
「ほんと?甘さ控えめにしてみたんだけど…」
私は自分のスプーンに持ち替え、もう一度味見をしてみる。何度も味見をすると何が正解か分からなくなって来る。
「控えめでいいんじゃない?」
五十嵐が横で言った。
「そっか。じゃあこれで」
私がそう呟いた時、後ろに立っていた天城がいきなり私の手首を掴むと味見用スプーンを口に運んだ。
(近い、近い!)
距離感がバグっている天城に私は心の中で突っ込んだ。
「甘さが足りない」
私の手を離すと天城がそう言った。
「え、ほんと?」
砂糖の袋を取ろうとするとそれを五十嵐が止めた。
「海斗の舌はおかしいから、当てにしない方がいい」
私は真剣に首を振っている五十嵐の顔を見つめた。
「見た目以上に、激甘党だから」
「そ、そうなの…?」
無言で〈砂糖を加えろ〉と訴えている天城の顔を見つめた。
「コーヒーに砂糖大さじ3杯は入れるし、何にでも生クリームを乗せちゃう人だよ」
「それはヤバいね」
「もはや妖怪でしょ」
「黙れ」
五十嵐の助言を経て、私はこれ以上甘くせずチーズクリームダマンドを完成させた。どこか不満そうな天城だったが、意外にもそれ以上は何も言わなかった。
粗熱が取れたタルト生地にクリームを乗せて焼き、リンゴのバラを飾るころになると、テーブルの上はかなり豪勢な食事で溢れていた。ホットプレートの上にはたっぷりのチーズが乗っており、火がつけられぐつぐつと沸くのを心待ちにしている。天城のセンスに任せた、ちらし寿司もかなり良い出来で、格子状に盛り付けられたサーモンやエビ、イクラなどが輝いている。時々、料理の様子を見に来た榊によって奪われ、残りが少なくなったアメリカンドッグも、一応並べられていた。そして、目玉である天城作のローストビーフも大皿に盛りつけられた。
オーブンにタルトを入れ、時間を設定してから、食器を片づけている天城を手伝おうとシンクに近づいた。
「意外とキッチンに向いてるよね」
私が言うと、天城はこちらを向かずに言った。
「どういう意味」
「ん~。料理慣れしているというか」
それからリビングの方に目を向けた。リンゴのバラを作り終わると、自分の仕事が終わったと言わんばかりに、五十嵐はソファーに寝転んでいた。その近くで、榊がスマホでゲームをしている。一方で、忙しそうな未央は、散らかったゴミをかき集めたり、掃除機をかけているのが見えた。
「ローストビーフも意外だったし」
私は乾いた布巾を引き出しから取り出し、天城が洗い終わった食器を拭き始めた。
しばらくの沈黙の後、天城が口を開いた。
「祖父さんが料理好きだった。小さい頃はよく遊びに行っていて、ローストビーフを一緒に作った。俺の親代わりだった人だから」
「・・・そうなんだ」
また新たな天城の過去が一つ明らかになった。
(やはり家に両親がいることは稀なのか…)
私の表情が陰ったのに気付いたのか天城が言った。
「勘違いするな。別に悪い親な訳じゃない。ただ、子育てが何かを知らないだけだ。俺も祖父さんにだけ懐いていたし、人に預けるのが当たり前になって、そのまま」
そう言いながらもどこか悲しそうな横顔に心が痛くなった。
(慰めたら怒られるかな)
伸びそうな手を慌ててひっこめた。
「お前の親はどうだった?」
水を止めると、天城は体ごとこちらに向け、私の額を指さした。
「これになる前。一人っ子だったんだろ」
「ああ…」
私は拭いていた手元のボウルを見つめた。
「厳しかった、かな。それなりに愛情を注いでもらったと思うけど、自分の力で何もかもやれという家訓だったから。あまり甘えた記憶はないわね」
特に父親は何かを頼んだところで、頭を縦に振ってくれることは一度もなかった。自力でやって、それでも出来ない場合は、まだ自分には早いから諦めろと言っていた。母親はそんな厳しし父親に賛成も反対もせず、ただ見守るだけの立ち位置だった。
「なるほどな」
天城が私の頭に手を置いた。
「だからお前は人に頼るのが苦手なのか」
「ちょっと…」
私は天城の顔を見上げた。
「濡れた手で触らないでよ」
「あ」
あたかも今気づいたかのように天城が言った。
「そろそろ、準備は出来たかー!」
いきなり榊が大声を出した。
「蓮見がもう帰って来るってよ!」
私はタイマーを見た。あと数十分は残っているが、問題ないだろう。
「こっちもほとんど終わっている」
「よっしゃ!宴の開始じゃー!」
榊が力強く叫んだ。
まどかの誕生日会にサプライズとして最近懐いている蓮見を呼んで、何か余興をお願いする。しかし、直前になって誕生日会ではなく、バレンタインデーをやりたいと言い出した為、急きょ予定を変更した。サプライズで誕生日会もやりたかった私は、蓮見に妹をバレンタインデートに連れ出すようにお願いした。その間に、秘密裏にパーティーの準備も行う計画だ。
「妹ちゃんが帰って来るのが何時だっけ?」
リビングのテーブルに荷物を置いた未央が聞いた。
「夕方の5時頃まで粘ってくれるようにお願いしてる」
「なるほど」
未央はそう言うと時計を見た。ちょうど11時を回ったところだ。
「まだ時間はありそうだけど、急いだ方がいいね」
「未央には、部屋のデコレーションをお願いしてもいい?」
積み上げられた飾りの山を見て、私は聞いた。私よりきっと未央の方が、色々知識がある気がする。
「任せて。ただ、高いところが…」
それからダイニングテーブルで呑気にお茶をすすっている男子三人に目を向けた。
「全員180超えだっけ。いらない心配か」
「使えるものは使いましょ」
私はにやりと笑った。
「透は?食べ物全部、自分で作るの?」
私が頷くと、未央は残念そうに頭を振った。
「ごめんね。私、本当に料理だけは…」
「大丈夫。私がこだわりたいだけだから」
そして、サプライズパーティーの準備が始まった。
私はパーティーフードのレシピをキッチンカウンターに並べて、効率の良い順番を考える。最初から一人で準備することを想定していたため、簡単なメニューを選んでいた。そのため、天城がキッチンに現れた時には驚いた。
「手伝う?」
私は両手にリンゴを持ったまま、彼を見つめた。
ふと天城家の全く使用された様子のないピカピカのキッチンを思い出した。そして天城本人も普段から料理をするタイプには見えない。
「料理出来るの…?」
一抹の期待を添えて聞いたが、案の定天城は首を振った。
やはり、と思ったが、彼は意外なことを言った。
「ローストビーフは作れる」
「ほ、本気?」
私があまりにも驚いているのが気に入らないのか、天城の眉間に皺が寄った。
「何」
「いえ、かなり意外だったもので…」
それから私はカウンターの上に置いてある、レシピの紙束を彼に見せた。
「私が作りたいのが、これ。ローストビーフも考えていたから助かるわ」
簡単に食べられるものとして、ミニサイズのアメリカンドッグから始まり、重箱に格子状に盛り付けられた海鮮ちらし寿司、バゲットをカットし、野菜をゆでるだけでそのまま出せるチーズフォンデュ、そしてローストビーフ。ケーキには、見た目のインパクトが強そうなリンゴのブーケタルトを選んだ。
「ふうん」
走り書きの私のメモ用紙を見ながら天城が言った。
「このちらし寿司も出来る」
簡易的に描かれた私のイラストを解読するのが大変なのか、しかめっ面はそのままだ。
「本当?お願いしてもいい?」
天城は頷いた。
かなり負担が減った。
私はリンゴの皮をむきながらそう思った。
自分の仕事である、ケーキ作りだけに専念できたせいか、手際よく進んだ。天城も無駄口を一切叩かず、無言で料理をしている。タルト生地まで完成し、一時間以上寝かせるために冷蔵庫に入れたところで天城の方はどうかと見ると、ちょうどコンロの火を止めたところだった。
「どう?」
私は天城の隣に並び、お湯の中を見ながら聞いた。アルミホイルに包まれた長細い塊が、鍋の底に沈んでいる。ローストビーフの作り方を知っているというのは、事実だったようだ。
「30分放置。そっちは?」
「タルト生地を冷やしている最中。次は下ごしらえをするわ。休んでいてもいいわよ」
私は既にソファーで休憩している五十嵐と榊に目をやった。
未央の指示のもと、簡素だったリビングは今や誕生日の雰囲気に包まれていた。色とりどりのバルーンや、ハッピーバースデーの文字がキラキラ輝いている。ここまで自分たちの力でやるのは初めてなのか、男組は疲れ果てている。未央は鼻歌を歌いながら飾りつけをしていたが、ソファーでぐったりしている二人を見ると、叩き起こして更に風船を膨らませるよう叱っていた。
「いや、手伝う」
彼らから目を離すと、天城が言った。ソファーで休んだものなら、未央に背中を叩かれると思っているのだろうか。
「そう?じゃあ、ちらし寿司を始めてもらおうかな」
素直に頷くと、天城は既に用意しておいた小さい重箱を一つずつ並べていった。
「酢飯はこれね」
「手際がいいな」
ぼそりと呟くのが聞こえた。
「出来た~?」
部屋の飾りつけがひと段落したのか、五十嵐がキッチンにやって来た。
私はちょうど煮リンゴのスライスを、一つずつくるくると巻いているところだった。
「もう少しかかるわね」
「そっちは終わったのか?」
揚げたての小さなアメリカンドッグを皿に移しながら天城が聞いた。
「一応ね」
それから五十嵐は後ろを振り返った。榊は何やら楽しそうに音楽の選定をし、それに対して未央が却下を繰り返している。
「二人の世界だから」
やれやれと頭を振りながら五十嵐が言った。
「なるほどね」
どこか微笑ましい気持ちで二人の様子を見る。未央は榊が好きにも関わらず、それを態度に一切出そうとしない。榊はあんなにもあからさまだと言うのに。
(もどかしいが、二人のタイミングってのがあるんだろうなぁ…)
「なんか手伝う?」
手を止めて二人を凝視していた私の隣に来た五十嵐が言った。
てっきり休みたがっていると思ったのに、思いがけない提案に私は食いついた。
「手先器用?」
「まあ、人並みには…」
「じゃあ、これ作れる?」
薄くスライスしたリンゴを数枚巻き付けてバラの形にしたものを見せた。
「出来る・・・と思う」
五十嵐は腕まくりをし、手を洗うと、私の見本を見ながらリンゴを巻き始めた。
「こんな感じ?」
「そうそう。中心は核にしたいから狭く巻いて、その後は花びらに見せたいからふんわりと巻くイメージ」
五十嵐の細長い指は繊細なものを作るのに適しているようだ。悔しいが私より綺麗なバラが出来上がっている。しばらく五十嵐の作業を見ていたが、ふと気になって言った。
「ねえ、前髪上げてもいい?手元、見づらいでしょ」
五十嵐はしばらく考えていた様子だったが、「いいよ」と答えた。
それから私の方に向くと、私の目の高さまで上半身をかがめてくれた。
私は頭につけていたピンを取り、五十嵐の前髪に手を伸ばした。薄茶色の柔らかい髪は、さらさらと流れるため、まとめるのに苦労する。
「ちょっと待ってね…」
私の手際が悪いのに苛立ちを覚えた天城が、私からピンを奪い取ると適当に前髪を上にあげそのまま留めた。
「これでいい」
「相変わらず乱暴だな~」
五十嵐の切れ長の青い瞳が、明かりを浴びてきらりと光る。見慣れない五十嵐の外国人のような目に吸い込まれそうになる。ここまで間近で五十嵐の目を見たのは初めてかもしれない。今まで気がつかなかったが、かなり美しい蒼色だ。
「どんだけ見てんだよ」
天城に頭の後ろを手刀でチョップされ、私は我に返った。
「ごめん、あまりに綺麗で。・・・これが嫌なんだよね」
私はすぐさま反省する。
「透なら別にいいよ」
五十嵐は目を細めて笑った。私はこほんと咳をし、気を引き締めると言った。
「バラは12個お願い。隙間を埋めるのも必要だから、芯だけのを10個欲しいかな」
「了解~」
ゆるい返事をする五十嵐。
「出来たら、このキッチンペーパーの上に置いておいて」
食事の方は天城がほとんどやってくれているので、私はタルト生地を空焼きしている間、タルト用のチーズクリームを作り始めた。甘すぎると母親にも怒られそうなので、少し甘さ控えめのクリームにしようと何度か味見をする。すると、隣にいた五十嵐が言った。
「僕も味見~」
私は新しいスプーンを使い、手が空いてない五十嵐の口に入れた。
「どう?」
「うん、美味しい」
「ほんと?甘さ控えめにしてみたんだけど…」
私は自分のスプーンに持ち替え、もう一度味見をしてみる。何度も味見をすると何が正解か分からなくなって来る。
「控えめでいいんじゃない?」
五十嵐が横で言った。
「そっか。じゃあこれで」
私がそう呟いた時、後ろに立っていた天城がいきなり私の手首を掴むと味見用スプーンを口に運んだ。
(近い、近い!)
距離感がバグっている天城に私は心の中で突っ込んだ。
「甘さが足りない」
私の手を離すと天城がそう言った。
「え、ほんと?」
砂糖の袋を取ろうとするとそれを五十嵐が止めた。
「海斗の舌はおかしいから、当てにしない方がいい」
私は真剣に首を振っている五十嵐の顔を見つめた。
「見た目以上に、激甘党だから」
「そ、そうなの…?」
無言で〈砂糖を加えろ〉と訴えている天城の顔を見つめた。
「コーヒーに砂糖大さじ3杯は入れるし、何にでも生クリームを乗せちゃう人だよ」
「それはヤバいね」
「もはや妖怪でしょ」
「黙れ」
五十嵐の助言を経て、私はこれ以上甘くせずチーズクリームダマンドを完成させた。どこか不満そうな天城だったが、意外にもそれ以上は何も言わなかった。
粗熱が取れたタルト生地にクリームを乗せて焼き、リンゴのバラを飾るころになると、テーブルの上はかなり豪勢な食事で溢れていた。ホットプレートの上にはたっぷりのチーズが乗っており、火がつけられぐつぐつと沸くのを心待ちにしている。天城のセンスに任せた、ちらし寿司もかなり良い出来で、格子状に盛り付けられたサーモンやエビ、イクラなどが輝いている。時々、料理の様子を見に来た榊によって奪われ、残りが少なくなったアメリカンドッグも、一応並べられていた。そして、目玉である天城作のローストビーフも大皿に盛りつけられた。
オーブンにタルトを入れ、時間を設定してから、食器を片づけている天城を手伝おうとシンクに近づいた。
「意外とキッチンに向いてるよね」
私が言うと、天城はこちらを向かずに言った。
「どういう意味」
「ん~。料理慣れしているというか」
それからリビングの方に目を向けた。リンゴのバラを作り終わると、自分の仕事が終わったと言わんばかりに、五十嵐はソファーに寝転んでいた。その近くで、榊がスマホでゲームをしている。一方で、忙しそうな未央は、散らかったゴミをかき集めたり、掃除機をかけているのが見えた。
「ローストビーフも意外だったし」
私は乾いた布巾を引き出しから取り出し、天城が洗い終わった食器を拭き始めた。
しばらくの沈黙の後、天城が口を開いた。
「祖父さんが料理好きだった。小さい頃はよく遊びに行っていて、ローストビーフを一緒に作った。俺の親代わりだった人だから」
「・・・そうなんだ」
また新たな天城の過去が一つ明らかになった。
(やはり家に両親がいることは稀なのか…)
私の表情が陰ったのに気付いたのか天城が言った。
「勘違いするな。別に悪い親な訳じゃない。ただ、子育てが何かを知らないだけだ。俺も祖父さんにだけ懐いていたし、人に預けるのが当たり前になって、そのまま」
そう言いながらもどこか悲しそうな横顔に心が痛くなった。
(慰めたら怒られるかな)
伸びそうな手を慌ててひっこめた。
「お前の親はどうだった?」
水を止めると、天城は体ごとこちらに向け、私の額を指さした。
「これになる前。一人っ子だったんだろ」
「ああ…」
私は拭いていた手元のボウルを見つめた。
「厳しかった、かな。それなりに愛情を注いでもらったと思うけど、自分の力で何もかもやれという家訓だったから。あまり甘えた記憶はないわね」
特に父親は何かを頼んだところで、頭を縦に振ってくれることは一度もなかった。自力でやって、それでも出来ない場合は、まだ自分には早いから諦めろと言っていた。母親はそんな厳しし父親に賛成も反対もせず、ただ見守るだけの立ち位置だった。
「なるほどな」
天城が私の頭に手を置いた。
「だからお前は人に頼るのが苦手なのか」
「ちょっと…」
私は天城の顔を見上げた。
「濡れた手で触らないでよ」
「あ」
あたかも今気づいたかのように天城が言った。
「そろそろ、準備は出来たかー!」
いきなり榊が大声を出した。
「蓮見がもう帰って来るってよ!」
私はタイマーを見た。あと数十分は残っているが、問題ないだろう。
「こっちもほとんど終わっている」
「よっしゃ!宴の開始じゃー!」
榊が力強く叫んだ。


