(あの時、なんて声を掛けてあげれば良かったのだろう…)
窓の外をぼんやりと見つめながら、私は畳に伏せて泣いていた友代を思い出す。
(西園寺のしてきたことは許されない。特にるーちゃんを自殺まで追い込んだ罪は償うべきだ。しかし…)
瞼の裏に焼き付いた、今にも折れてしまいそうな細い体の友代の姿が忘れられない。
(友代さんに負い目を感じて生きて欲しくない。私とるーちゃんは、新しく生まれ変わったのだから)
「透さん!」
母親の声が室内に響き渡り、私は我に返った。
目の前には、テーブルの上に所せましと海鮮料理が並べられている。真鯛の舟盛りの向こうではスーツ姿の父親が心配そうな顔を向けていた。久しぶりに母親が海外から戻ったということで、家族の食事中だということを思い出した。
「大丈夫か?体調が悪いなら言ってくれ」
私はすぐさま頭を横に振った。
「ごめんなさい。疲れているだけです」
素直に謝ると、眉尻を下げて父親が言った。
「そうだな。受験がやっと終わったばかりだ。仕方ない」
「そのお祝いしているんじゃないの。あまり甘やかしてはいけないわ」
どこか面白くなさそうに母親は呟いた。
「それに、大事な話の途中だったのよ。ちゃんとお父さまの話を聞きなさい」
冷たい視線が私に向けられた。
「重要な話とは?」
私は父親に顔を向けた。
「来年から家族全員でアメリカに移住しようと思っている。もちろん透は、日本に残っても構わない。大学があるからな」
満足そうな顔をしている父親の顔を私は見つめた。
(移住・・・?いきなり?)
「な、なぜですか?」
父親の代わりに母親が誇らしげに答えた。
「来年から通うまどかさんの学校が決まったのよ。日本では十分な教育が受けられないでしょう。アメリカの学校なら中学生の年齢でも、高校に入れるもの。お父さまもアメリカで仕事をした方が都合良いから、皆で行くことにしたの」
妹は絶対に反対するだろうと思った。何より、私が離れたくない。しかし、横を見ると意外にもまどかは顔を綻ばせていた。
「まどか、本気?」
「ええ」
それから私にしか聞こえない声で囁いた。
「私の憧れのクリス・トーイも同じ学校出身なの」
興奮して頬が赤くなっている妹を見て、このアメリカ移住計画は、彼女が本気で心から望んでいることだと理解した。
あとから知ったことだが、このクリス・トーイという人物は16歳にして天才ハッカーとして名を世に知らしめた人物だった。
「そういうことなの。だから、透さん。残念ながら来月の卒業式には参加できないわ。2月末には向こうで、入居や入学の準備をしなくてはならないから。中途入学は色々と大変なの」
母親は頬に手を当て、わざとらしく悲しい表情を作っている。
「2月末…、って今月末ですか?」
私は驚いてコップをひっくり返してしまいそうになった。
「急な話でごめんな。本当にギリギリになって、まどかの入学が認められたんだ」
本物の残念な顔をしている父親が、首を振った。
「つまり、残すところあと2週間…?」
私は隣に座っているまどかを見つめた。妹も同じ気持ちなのが分かった。
一緒にいられる時間はあと少ししかない。
まどかの長い睫毛が寂しそうに伏せられた。