自然と目が覚めた私はゆっくりと起き上がった。

 ソファに座って伸びをしよう身動ぐと、周りから「起きた?」と数人分の声が聞こえて、驚いた私は微睡んでいた意識を覚醒させて跳ね上がった。

 辺りを見渡すと6人の男たちが私を見ている。

 しかも、中にはソファを背もたれにしている赤髪の男もいて、至近距離で見つめられていた。

 多分、私が寝転んでいたソファをいつも使っていたのだろう。

 けれど、奪われたことに怒っている様子はなくて、男は私の容姿を観察するように眺めていた。

 お陰で遠くにいる5人よりも彼に目が留まる。

 なにより一番顔が整っているのも彼だったから、余計に目が自然といってしまうのだ。

 そんな彼を見つめ返して、ふと既視感を覚える。

 どこかで出会ったことがあるような、前からこの人を知っているような気がして首を傾げた。

 学校ではない、違う場所。それも、つい最近どこかで出会ってる──?

 不思議に思っていると、じっと見つめ返してくることに訝しんだ赤髪の男は「なんだ?」と聞いて来た。

 その拍子に両耳に一つずつ付けられたピアスが目について、夜空と街灯の光景がフラッシュバックする。

 数日前に会った彼も同じものを付けていた。あの時、教えてもらった名前は紅坂來だったはず。

 「またな」と彼は言っていたけれど、まさか本当に、こんなにも早くもう一度会えるなんて思ってもみなかった。

 嬉しくなったとたんに胸の奥がキュッと締まって、心が大きく震えるくらい感動していた私だったけれど、どうらやら來は私に気づいてないらしい。

 あの時の私は白髪で、今はどこにでも見かける茶髪姿だ。しかも金色の瞳も隠しているから余計に気付かないのかもしれない。

 きっと、旗から見て全く違うこの容姿に、夜叉姫だと言われても信じられないだろう。

 ──それでも、気づかれないのは少し寂しいもので。來を見てられなくなった私が視線を逸すと、少し離れた所にいた黒髪のストレートヘアをした男が優しい声音で呟いた。


「ちゃんと起きてくれて良かった」


 そう微笑んで立ち上がると、私の所へとやって来る。

 見惚れている場合じゃなかったな……。先にこっちを解決しないと。でも、これはどう言う状況なんだろう?

 現状を思いだそうと愁兄と一緒に登校して来た所から記憶を呼び覚ましていると、離れた所で姿勢を崩している二人の会話がぼんやりと聞こえてきた。

 茶髪のふわふわと乱した髪型と、黒髪のショートヘアの男たちが呆れ交じりに話している。


「以外とすぐに起きたね」

「赤龍の溜まり場で寝ること自体、悠長すぎるだろ」


 その言葉に今いる場所が何処なのか思い出した。そして今更ながらに気づく。

 私……、重要な情報を忘れてた──?

 ここは3階のバルコニーで、『赤龍』の溜まり場だ。

 そんな場所にソファまで用意して集まる奴と言うのは大抵、偉い奴等と決まってる。

 ──つまり。ここにいるのは『赤龍』の中でも幹部(トップ)クラスのメンバーで、そしてもちろん総長もこの場にいると言うことだ。

 どうして気づかなかったんだろう。今更気づくなんて……。

 赤い石に、金色の龍のピアス。そして、ブラウン色に混ざった赤色の髪。

 その容姿は見間違えようがない。

 あの日もそれを思い出しかけていたじゃないか……!


「どうかした?」


 黒髪の男が心配してくれたけれど、私は構ってる余裕はすでになかった。


「……どうやら俺等のことを知ってるみたいだな」


 紅坂來はきっと、10代目総長『紅龍《くりゅう》』だ。

 『神鬼』の敵であり。『夜叉姫』にとって倒すべき相手。

 胸に黒い靄《もや》が立ち籠める。喉に何かが突っかかったように息苦しかった。


「ごめん。直ぐに出てくね!」

「お、おいっ!」


 來の正体があの『紅龍』だったなんて、全然笑えない。


「ソファ最高だったよ! 寝かせてくれてありがと!!」


 もっと早く気づいてたら絶対に赤龍の縄張りには近づかなかったのに!

 早口で言い捨てて逃げようとしたけれど、どうやらそう簡単には返してもらえそうにないみたいだった。

 ……あれ、カバンがない。


「あぁ、カバン? ちょっと名前知りたくて勝手に見たよ」


 そう言って何事もなかったようにカバンを渡してくる黒髪の男に、私はついツッコミを入れてしまう。


「勝手に鞄を漁るなんて失礼じゃない?」


 まぁ別に良いんだけどね。

 警戒してるんだから身分を確かめるのは当たり前だと思うし。なんなら変なもの持ってないか確かめるのも当たり前の範疇だ。


「勝手に俺たちの縄張りに来たのが悪いんだろ」


 短髪の男に言い返されて、私は適当に返事をした。


「そうですね。すみませんでした」


 ここに来たのは愁兄が言ったからなんだけどね。

 場所を変えなかった私も悪いけど、後で文句を言いに行ってやる。

 こんな場所を妹に教えるなんていったい何を考えてるんだか。

 それに赤龍も、まさかここへ寄っていくなんて……。面倒くさいことになったな。


「出来ればもう一度、座ってくれるとありがたいんだけど、どうかなー?」


 そう笑った黒髪ストレートの男に、私は悩む素振りを見せる。

 どうしたものか。情報を掲示したら許してくれるかな……。


「白雪美夜、1年生。クラスは6組。生徒会書記の白雪愁の妹だよ」


 簡単な自己紹介をすると、6人はポカンとした表情で固まってしまった。


「──以上。これ以上は話したくないし、話せない」


 きっぱりと告げると、たっぷり間を置いて短髪の男が口笛を吹く。


「おぉ。流石、愁の妹だな」

「でしょ?」

「気の強い女だこと」

「気の強い女は嫌い?」

「いや。俺は俄然(がせん)興味が湧いた」

「それは困るからもう行くね。私のこと知りたいなら愁兄に聞きなよ」


 そう言って長身の男たちの隙間を通り過ぎると、バルコニーから出て教室へと向かった。

 誰もいない廊下まで来ると立ち止まる。

 胸が痛い、気持ち悪い……。

 『夜叉姫』の姿の私を見ても怖がらなかった人と出会えて嬉しかったのに。

 なのに、怖がらなかったのは関東全域を支配する総長だったからなんだ。

 流石だなぁ……。

 かっこよくて、雰囲気が他の人と違ってて、他の族を恐れない。


「とりあえず頭を冷やそう。人集まって来てるから、そろそろ教室に行かないと……」


 大丈夫、私はこのくらいで傷ついたりしない。


「大丈夫──」