一階まで降りて来ると、私は眠れそうな使えそうな教室を探していた。

 途中、同じように授業をサボっている不良の集団を見かけたが、向こうから話し掛けて来ることはなかった。とは言え、興味がない訳じゃない。

 この学校の規則に従っているのか、それとも他に何か理由があるのかは分からないが、向こうから遊び相手を頼んで来るようなことはなかった。

 一人で行動している女を見ても、見てるだけで手を出して来ないのは、すごく不思議な体験だ。

 不良たちが屯しているのは屋上と裏庭。それに使われてない教室の二部屋くらいで、かなりの人数で煙草を吸って話している。

 ジロジロと見られるのは不快なものだけど、絡まれて振られたことに逆ギレされるよりはマシだろう。

 そう思うと、耐えられなくはなかった。

 正直、どうして話し掛けて来ないか気になるし、探りたい気持ちはあるけれど、近づいて勘違いされても困る。

 下手に藪をつついて蛇に巻き付かれるのは嫌だな。

 うろうろして結局、別館から本館へとやって来ると、誰もいない教室を探した。

 別館には職員室や教科教室もちろん、保険室や第一図書室で色んな用事の生徒たちが利用しに来ているようで、クラス教室のある本館の1階の方が静かだった。

 誰もいない部屋を探し求めて歩いていると携帯が鳴る。

 今度は悠貴からのメッセージだった。内容を確認すると、昨日話した林間学校の日付の件の催促で、午後には聞いておくと返信した。

 お昼休みに職員室にシカちゃんがいれば良いんだけど……。

 携帯を閉じるといつの間にか校舎の端に来ていて、後ろを振り返る。

 どうやらこの通りの部屋には誰一人として不良たちがいないらしい。

 戻りつつ室内を確認しながら昼寝に絶好な教室を探していると、その部屋は案外近くで見つけた。

 校舎の端から三つ手前の資料室。中には大きなテント道具や暗幕が置かれていて、最近使われたのか以外にも埃は少なかった。

 うん。この教室良いかも。

 本館の奥にあるこの場所は先生も生徒も滅多に立ち寄らない所で、何よりとても静かだ。

 それに、軽く掃除して、棚から落ちてる暗幕を敷いて寝れば、床で寝るよりは良さそうな気がする。


「あとは……」


 一度部屋から出て辺りを見渡す。

 窓から覗く階段の踊り場に、頼まれた昼食の場所も確保出来そうなことを確信して、私はこの部屋を寝所に決めた。

 章と柊真に場所をメールすると、授業中にも関わらず『了解』のスタンプで返事が来た。

 二人とも以外と可愛いスタンプ持ってるんだな。

 ──なんて思いながら、気になる所を角に置かれたロッカーの中から雑巾で拭くと、換気に窓を開けてからやっと落ち着いた私は、暗幕の上で眠気に誘われるまま目を閉じた。


 ✽ ✽ ✽


「……んん」


 肌寒さに目が覚めると、身体が近くに置いていた携帯で時間を確認した。

 大分寝ていたようで、お昼休みまで後10分だった。

 空いた時間をどうしようかと悩んでいると、何げなく携帯を眺めていた私はふと、前に淳平から送られて来た動画を思い出した。

 下っ端の子たちが良く見ている動画は沢山あるけれど、淳平は図体に似合わず動物好きときている。

 その中で面白い動画を拡散していて、私にも定期連絡のように動物の関連動物を送ってくるのだ。

 本当にどこから引っ張り出して来てるのか……。

 動画を見ているとあっという間に時間が経って、4校時の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 同時に章と柊真からスタンプやらメッセージが届く。

 ──二人、購買に行くんだ。私もお弁当用意してないし、先に待ってようかな。

 そう思って財布と携帯の貴重品だけを持つと、鞄を端に置いて売店へと向かった。

 売店は食堂の横にパン屋が来ていて、既にサボっていた生徒で列をなしていた。

 順番が来るのを大人しく待って、不良に挟まれながらサンドイッチとクロワッサンを買った。

 手に持って端に寄ろうとすると、後ろからぬっと誰かが近寄って来て声を掛けて来た。


「なんや、美夜。もう買ったのか?」

「わっ!?」


 気配に気付くのが遅れた私は急に現れた人物に驚いて、お釣りを仕舞うのに腕に乗せていたパンを落とす。


「びっくりしたぁ」


 後ろにいたのは章で、笑いながら謝って、落としたパンを拾ってくれた。


「ありがとう」

「先に仕舞えば?」


 お釣りを仕舞うのを待って来れているらしい。財布を脇に挟んで手を出すまで持っていてくれた。


「来るの早いだろ?」

「うん。最上階から降りて来るのにもう少し掛かると思った。──あれ、柊真は?」

「置いてきた!」


 え、置いて!?

 私が驚いていると、章はやって来た柊真の姿を見つけたのか、階段のある方向を見て名前を読んだ。


「──階段を飛んで降りるなよ。怪我したらどうすんだ」

「そんなんで怪我するわけねぇだろ」


 章の肩にパンチしながら柊真が注意すると、私のパンを見て「早いな」って笑った。


「俺らも買って来るから待ってて」

「分かった」


 章と柊真が長蛇になった列に並ぶと、私は近くの柱に寄り掛かってぼうっとしながら待っていた。

 途中で声を掛けられることもなく、しばらくすると二人が戻って来て、さっきまでいた資料室のある廊下までやって来ると、階段へと案内してパンに被りついた。


「──じゃぁ、章と柊真って『白狼』に入ってるんだ?」

「おう!」

「二人とも強いんだね。白狼って確か『赤龍』の同盟の所に次いで全国No.3でしょ?」

「そーそー! 良く知ってるなー」

 知っていて当たり前だと思う。

『白狼』は藍泉高校があるこの街から、『神鬼』とは反対方向の隣街に存在する暴走族で、7年前に一代で『赤龍』に並ぶ実力を示し、元No.3と言われていた族を傘下に加えたことで、色々と噂が立っている暴走族だ。

 この街に住んでる人なら、きっと一度は耳に入ってるだろう。


「やっぱり美夜って詳しいんだな」

「友達に詳しい子がいるから。有名なところは知ってるつもりだよ」

「へぇ。その子も白鷺中出身なのか?」

「まだ通ってる。中学三年生」


 まぁ、私同様サボりがちではあるけど……。

 友達のことを話していると、二人は興味を惹かれたようだった。


「へぇ、会ってみたいな」


 そう言った柊真に、私は笑う。


「来年会えると思うな。私と一緒に藍泉に来るはずだから」

「そいつは、楽しみだ」


 その後もどんな子かを聞きたがる二人に、私は教えられる範囲で友達の音子(ねこ)のことを話した。

 そう言えば、音子は二人のこと知ってるのかな?

 かなりの暴走族と連絡を取り合ってるみたいだけど、『白狼』の総長とも繋がってるなら、一度くらいは倉庫で見かけてるかも……。

 パンを食べ終わる頃には話しは『白狼』の下っ端の話しになっていて、ふざけて起きたエピソードを色々と話してくれた。

 どうやら白狼は、神鬼と違ってフレンドリーな関係性を築いているらしくて、聞いていて新鮮な気持ちになった。

 それから昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ると、5校時は出ると伝えて、先に章と柊真は教室へと戻っていった。

 二人と分かれた私は、林間学校の日付を確認しに職員室のある別館へと向かった。