これは、私が中学生の頃に出会った、不思議な女の子との話。



「こんにちは、貴女、お名前は?」

その頃は同い年くらいに見えたけど、とても上品で大人びていた。

彩佳(さやか)です...」

人見知りな私は、消え入りそうな声で言った。

「彩佳さん、少し、私のお話しを聞いてくれないかしら」 私がこくこくと頷くと、彼女は少し間を置いて口を開いた。

烏がカアカアと淋しげに鳴いている。



「私ね...人の感情が色となって見えるの。ファンタジーみたいだよね。
その人が抱いている感情がオーラみたいに、その人を取り巻いているの。
それを見ているとね、いろいろな人がいるって気付かされるわ。
私は毎日電車に乗って学校に行っているのだけれど、サラリーマンや学生、年配の方......本当に沢山の人がいて、いろいろな感情を持っている。
嬉しい気持ちは黄色、悲しい気持ちは青色、恋する気持ちはピンク色、恐れや不安の気持ちは紫色、怒りの気持ちは赤色。
そして、何も感じていなかったり、ぼーっとしているときは色がない。
いわゆる透明ね。
ちなみに寝ている時は夢の中で感じている感情の色が見えるわ。
青色のオーラを放って俯いて歩く人、黄色のオーラを放って無邪気に笑う小さな子。
でも、こんな人もいるわ。
友達と笑いながら話しているけど赤色のオーラを放つ高校生や、スマホを弄りながら紫色のオーラを放つサラリーマン。
私がこんなふうに色を見るようになったのは、あることがきっかけだったの。


友達と話したり遊ぶ時、友達はいつも笑っていたの。
あぁ、相手の子も楽しいんだなって思っていたわ。
でも...ある日、先生に呼び出されて何事かと思っていたら、その子が言ったの。
私がずっといじめていたってね。
私の些細な言葉がその子を傷つけていたって聞いて、私はひどく困惑した。
でも...同時に、心に引っかかることがあった。
時々、一瞬だけその子が表情を曇らせることがあったの。
私は気づいていたけど、見て見ぬふりをした。
笑っているから大丈夫だろうって自分に言い聞かせていた。
でも、それが積み重なって、その子を苦しめた。
だから、私は罪人なの。
それからかな、色が見えるようになったのは。
人の気持ちを考えられない私のために神様が授けてくれた力だと思う。


でも、私は思うの。

目に見える言動や表情だけがその人を表しているわけではないように、感じ取る色や感情だけが、全てではないってね。
いくら人の感情が見えたって、その人の気持ちを推し量ることはできない。
だから、相手がどんな感情を抱いていたとしても、まずは相手に寄り添うことから始めたいと思うわ。
どうしてこの人はこの感情を抱いているのだろうって、少し想像するだけで自分の態度も変わる気がするの。
感情がわからなかったら、どんな感情を抱いているのかを想像するの。
でも、決めつけずに、自分の中で可能性を増やすだけ。

それだけで、変わるわ。


...今日、彩佳さんは大切なお友達を傷つけてしまったのよね?」



彼女は優しく微笑んだ。

「そうなんです...。友達の気持ちを勝手に決めつけてしゃべって、傷つけてしまった」

私は、会ったばかりの彼女に懺悔した。

「私が今お話ししたこと、覚えていてほしいな。
彩佳さんは、さっきまで青色の感情が見えたけど、今は優しい緑色の感情が見える。
それは、きっと貴女が成長している証だわ」

彼女は「おまじないだよ」と言って、私の胸に手をそっと当てた。

そして、彼女は太陽が沈んでいく方向に消えていった。

太陽は世界を真っ赤に染め上げて遥か彼方に沈んでいった。


過去のことをぼんやりと思い出していると、電車を降りる駅に着いたようだった。

高校生になった私は、もう彼女の顔を鮮明に思い出すことはできないけど、凛とした、優しい声音は今でも脳裏から離れない。

彼女の言葉は、私の心に生きている。

夕暮れの帰路、久々にあの公園に行ってみよう。

直感だ。

息を切らしながら走っていくと、そこには少し背丈の伸びた彼女がいた。

「久しぶり、彩佳さん」

やっと、また逢えた。

嬉しくなって、彼女に抱き着こうとした。でも、私の腕の中には、虚空しかなかった。

でも、その虚空さえも、優しく抱きしめた。