まだ新しいブレザーに袖を通し、藍は自転車を漕いで学校へ向かう。学校は毎日楽しいが、今日は藍にとって待ちに待った日なのだ。頰が思わず緩んでしまう。

「そんなにニヤついてどうしたんだよ?彼女でもできたか?」

自転車を漕いでいる藍に、同じく自転車通学の友達が話しかけてくる。藍は「違うよ」と首を横に振りつつ鼻歌を歌った。

「今日は待ちに待った美術の授業だからだよ!」

藍の通う高校では、副教科は自分の学びたい教科を選択して学ぶ。美術、音楽、書道の三つがあるのだが藍は迷うことなく美術を選択した。

「お前、部活も美術部入る予定なんだろ?副教科も美術ってどんだけ絵が好きなんだか」

「絵は描くのも見るのも好きだよ。飽きることなんてないね。……まあ、絵を見て心が震えたのは一度だけだったけど」

今でも「八月の少女」の絵は藍の脳裏に焼き付いている。少女の繊細な表情、本物かと思うほど丁寧に描かれた波、キャンバスに塗られた絵の具、思い出すだけで藍の胸がまた震えていく。