「香が料理をするなんて。もういつ嫁に出してもいいな」

 宮田社長が目頭を抑える。

「ならば早く嫁がせて下さい。ますます魅力的になった彼女を狙う輩が社内に増殖しており、駆除に骨が折れます」

 毎晩愛でて、手入れを欠かさない恋人は名前の通り、華やかに香り異性の興味を誘う。

 彼女に限り浮気など有り得ないが(そもそも他に気を移す余裕など与えていない)私の子猫は悪戯好きな所が玉にキズ。嫉妬や独占欲が自分一人のものと思い込む節を欠点とまでは言わないけれど、ベッドの中でしか名前で呼んで貰えない関係に物足りなさを覚える。

「香ちゃんはまだ結婚は考えていないって言ってたよ。仕事が楽しいんじゃないかな」

 マスターが口を挟む。どうやら彼女の良き相談相手となっているらしく、私が帰りの遅い日はこちらで食事を済ませつつ悩みを打ち明けているとか。はっきり言えば大変面白くない訳で。

「結婚しても仕事を続ければいい話です。香さんには変わらぬサポートをします。社内で花森の姓を名乗るのに抵抗があるなら、宮田を名乗り続けても構わないと言ってはいるのですが」

 無事、プロポーズを経て婚約が成立したが、入籍に至っていない。相手の意向により会社の新体制が落ち着くまでは関係を伏せている。

「言ってみれば結婚は用事一枚、当人等の気持ちが通じ合えてるなら提出に拘らなくていいんじゃないか?」

「法的効果のある書面を軽々しく考えないで頂きたい。無論、事実婚が世に認知され出したのは承知してます。そういうパートナーの形も素敵だと思いますーーが」

「香を法律で縛りたい? 本当、香に関しては1ミリも余裕がないな、花森。ウィークポイントを晒してると思わぬ場面で足をすくわれるぞ」