花森課長、もっと分かりやすく恋してくれませんか?

「いらっしゃい、二人とも。香もちゃんがお待ちだよ。早く入って、入って」

 明さんの若干焦った声に誰がやってきたかは明らか。というか貸し切りなので部長と兄の他ならない。
 しかも明さんは厨房に行ってしまう。

「やぁ、香。待たせたな。その様子だとお前は定時で上がれたみたいだな」

「誰かさんが無駄な残業は駄目だってうるさいの。人件費を適正にコントロールされてますので」

 うっかり言ってしまい、その人の顔を見る。テーブル席に移動する横顔は嫌味に対して反応を示さない。代わりに酒量をカウントする。

「ビールを三杯は召し上がりましたね。今日はもうアルコールを控えて下さい。明日の朝起きられませんよ」

「起きられるわよ!」

「それはどうでしょう。今朝だってぎりぎりまで寝ていたじゃないですか」

「それは部長が遅くまで……」

 反論の途中で勘付き、口を結ぶ。兄や明さんの前で何を言わせるつもりなんだと睨みを添えて。

「まあまぁお祝いの席なんだ。痴話喧嘩は帰ってからどうぞ。ほら、乾杯しようよ」

 シャンパンを運んでくる明さん。それぞれに手渡すと乾杯の音頭を兄へ促す。

「本当は父さんもいれば良かったが、旅行へ行ってしまってな」

「世界一周旅行なんて、私もついて行きたかったな」

 家督を完全に譲った翌日、父は飛行機に乗って日本を離れた。事前の相談もなければ行き先も告げず、気ままに旅をしたいらしい。
 たまに開放感に満ちた景色をメールで送ってくる。

「香さんがそう言おうものなら会長は喜んでお供にします。不謹慎な発言はやめてください」

「不謹慎って何よ? 宮田工業にとって今が大事な時期だっていうのは耳にタコです。ちなみに兄さんが社長になる時も部長は同じ事を言ってました。部長は常に会社が大事なんですよね? だから遅刻をした」

 やめなさいと明さんに袖を引っ張られたが、どうにも治まりがつかなくて。