「良い顔です。惚れ直しそうだ」

「こんな時に口説かないで!」

「あなたこそ煽らないで下さい。顔が真っ赤になってます。ああ、それと一人で無茶な真似をしないように。私が側に居ますから、あなたは一人じゃない」

 私の耳は兄の声より花森課長の声を欲する。温かい言葉で頬が熱くなり目尻まで伝われば、我慢していた涙が零れてきた。

 私は顔を覆い、肩を震わす。

「香!」

 そして名を呼び、抱き締めたのはーー。

「父さんが作った宮田工業を兄妹で守り、発展させような!」

 課長じゃなくて兄だった。

「香ー!」

 しかも父が走ってきて、三人で身体を寄せ合う。これで親から子へ会社を引き継ぐ美しい構図が完成し、拍手のボリュームが増す。

 ここまでが兄のシナリオならば恐ろしいが、抱き締められて感じる全てがパフォーマンスとも思えず、私からも腕を回した。

「今までごめんなさい、お父さん、お兄さん」

 いつの間にか小さくなっていた父の身体、一方逞しくなった兄の背中を強く、強く寄せる。

 花森課長はというと一歩引いた位置で見守っていた。