花森課長、もっと分かりやすく恋してくれませんか?

「……どちら様で?」

 化粧室へ入ろうとする女性へ声を掛けるのはマナーが良いと言えない。
 私が露骨に表情を歪めると相手は名刺を渡してきた。

「名乗るのが遅れてすまない、僕はこういう者だ。いやぁ、噂に聞いてたが宮田のお嬢様は美しい。芸能関係者がスカウトしたいって騒いでたよ? 美人過ぎる社長令嬢とかキャッチコピーを付けられそう」

「生憎、芸能界に興味はありません」

 父の招待客である以上、話し掛けられれば応じはする。名刺で有名企業在籍、管理職と主張するがどうでもいい。

「ご用がないのでしたら私はこれで」

 早々に切り上げようとしたが、手首を掴まれる。黄金に輝く時計を見せ付けたいが為、不自然な角度で捻られた。

「っーー! 離して、人を呼びますよ」

「僕はね、宮田社長と懇意にしているんだ。ゴルフに行った事だってある。社長から君の話をよく聞かされていてね、いつか会いたいと思っていた」

 周囲に人気は少ないものの、全く無人ではない。それなのに仲介する者はおろか、事態へ関心を寄せる者も現れなかった。
 つまり、この男がこんな真似をするのが認知されており、咎めたら不利が働く。逆に私が宮田の娘だと知られていないんだ。

「ねぇ、二人でパーティーを抜けない? 近くに僕が経営するレストランがある。景色が綺麗な席をおさえるし、ゆっくり話せる」

「行きません! いい加減にして下さい!」

 強制的に裏口へ引き摺られていく。腰を折り曲げ踏ん張る姿勢は格好悪いが、そうも言ってられない状況に陥る。
 男から強烈な酒の臭いがし、顔を背けた。
 ーーと、誰かがこちらへ掛けてくるのが見える。私はその人の名を叫び、救出を求めた。

「花森課長! こっちです!」