(急に散歩なんて、どうしたんだろう……?)

頭の上にハテナマークが浮かびまくる。

だけど、くもり空を見上げてなんだかご機嫌そうな海都を見ると、聞けそうにない。

「あ、よくこの公園で遊んだよねー」

「そうだね。なつかしい〜」

ぼーっと考えごとをしてたから、若干雑な返事になってしまった。

「どうせなら遊ぼうよ!」

海都がたたっと公園の入り口を通って駆け出していく。

ぴゅんぴゅん先に進んで小さくなる背中に声をかける。

「えっ! 待ってよ海都!」

「早くっ、早くっ」

「えー」

走って追いかけながら、催促のしかたに愛嬌があるなあ、と妙に感心する。

(なんか、うしろにいる彼氏に遠くから呼びかけてるみたい……)

そう思って頭をよぎったのは、玄関でのこと。

つい十分くらい前のできごとだけど、なぜかとっても時間が経ったように感じる。

いきなり手首をつかんで、顔を近づけて、なんて言ったらいいかわからないことを聞いてきて。

何年も、ほぼ毎日会っていたけれど、海都のあんな態度は初めて見た。

……あまり、意識してなかったけど。

男の子に「かわいい」って、言いすぎない方がいいのかな。

でも、思ってしまうのはしょうがないんじゃ……って、やっぱりよくない?

「ブランコやるの?」

二つあるブランコの片方に、海都は座っていた。

鎖をにぎって動かずにじっとしている。

「なら、わたしもやろーっと」

わたしが座った瞬間、海都が立ち上がった。

え、やらないの?

ポカンとしていると、海都はわたしのうしろにまわった。

「僕が押してあげる」

ニコッと微笑んだ顔は天使みたい。

でも、なんで⁉︎

「だ、大丈夫だよ? 自分でこげるから」

「いいのいいの! ほら、ちゃんとつかまって」

「ええっ⁉︎」

「そーおれっ!」

優しく、でも力強く押された背中に、海都の体温が伝わる。

てっきり鎖を持って揺らされるんだと思ってたから、背中に触れられてドギマギしてしまう。

わたしがもう一度声を上げる間もなく、体が前に揺れた。

背中で感じた海都の手は、見た目には綺麗だけど、男の子のものだった。

最初のぬくもりが消えないうちに、また海都の手が触れる。

……自分の頬に触って確かめたい。

両手がふさがっているから、できないのがもどかしい。

きっと、熱くなってる。

海都の手なんて、いつも勝手に視界に入ってくるものだし、触ったことだってあるけど。

今は見えないからかな。

「凛花ちゃん」

「なに?」

「あの、さっきはごめんね」

「え? あ、ううん。べつに、大丈夫だよ」

一瞬なんのことかわからなかったけど、玄関でのことだってすぐ気づいた。

「……それでね、僕、」

揺れるブランコの上で、海都の声が近くなったり遠くなったりする。

「凛花ちゃんのことが、す……」

——ぽつん。

「ひゃっ!」

わたしの左頬に、水の玉が落ちてきた。

わたしが大きな声を出したからか、海都が鎖を押さえてすぐにブランコを止めてくれた。

「どうしたの⁉︎ 揺れ、ちょっと大きかった?」

「う、ううん。あの、雨が降ってきて……」

「雨?」

ぽつ、ぽつ、ぽつ。

ざーっ……ざざざざ———‼︎‼︎

「「うわあっ!」」

二人で声がそろう。

一粒落ちてきた雨はどんどん勢いを増して、一気に大雨になった。

天気予報では、雨は明日降るって言ってたけど……。

(もしかして、今日の午後から降ってもおかしくなかった⁉︎)

「海都、とりあえず家に帰ろう!」

「うん……!」

急いでブランコから飛び降りる。

海都を振り返ると、天を仰いで特大のため息をついていた。

「はー、なんでこうなっちゃうかなあ……」

「海都‼︎ 早く!」

なにか言っていたのか、口が動いていたけど、雨音が海都の声を上回ってよく聞こえない。

先にわたしが走り出すと、ちゃんと追いかけてきて、すごいスピードで真横まで来た。

公園からだれもいない道路に抜けて、ぴちゃぴちゃと二つの足音がうしろに消えていく。

「ああーっ、もおお‼︎ サイアク!」

そう叫ぶ海都の顔は、爽やかで、炭酸水みたいにはじける笑顔だった。

(……海都は、どこまでも海都だな)

公園でちょっぴり残念そうな雰囲気だったように見えたけど、たぶん気のせいだ。

「外でこんなに濡れたの、久しぶりだよ!」

海都につられただけではないと思う。

でも、どうしてだかわたしも、今まで体にたまっていたなにかが発散されるように、思いっきり笑ってしまったんだ。

「……いい笑顔だね。凛花ちゃん」

「海都だって、さっぱり笑ってるじゃん」



九月。

まだ夏の暑さが残る日々のすき間にできた、大雨の日。

幼なじみと笑いながら、ただひたすら家へと走った午後一時。