事の発端は昨日、海都がいつものように「三日月うさぎ」にやってきたことから始まった。
ホットミルクを出して、追加でトッピングをするかなと思い声をかけようとしたときに、
「凛花ちゃん、僕の中学の体育祭観に来ない?」
と聞かれたのだ。
「生徒一人につき三人まで招待できるんだけど。僕の両親とあと一人、凛花ちゃんに来てほしいなって」
海都にしてはめずらしく、顔をほんのり赤らめていて、視線もあっちこっち動いていた。
友達ならほかにもたくさんいるだろうし、わたしを誘ったのはかなりビックリした。
でも当日の日曜日は予定もなかったから、すぐにオッケーしたんだ。
体育祭などの行事は土曜日に開催されるイメージが強いけど、たぶん翌日の月曜日が祝日だから日曜日開催になったんだろう。
「へえー、海都くんが。なるほどねえ。ふーん。そっかあ、海都くん……」
「……どしたの? そんなにコクコクうなずいて」
そこまでを話すと、お母さんは妙な驚きを見せた。
なんだか感慨深そうな口ぶりで、体育祭のどこにそんなに反応したのか気になった。
「いや、なんでもないわよ?」
お母さんはそう言うと残りのカフェオレを一気に飲みほし、そろそろお昼の準備をするかと立ち上がる。
わたしも勉強する手が止まっていたので、問題集やペンケースを片づける。
明日体育祭に行くなら、今日のうちに少し宿題に手をつけておこうと思ったんだ。
「行ってきていいよ。もしかしたら、そっちの中学に行っただれかと再会するかもね」
後半のお母さんの言葉に、ピクッと体が反応する。
首にかけたエプロンのリボンを腰にまわし、お腹の前で結びながら、なんとか声をしぼり出した。
「それだよ……」
「え? どれよ?」
「さ・い・か・い‼︎ もう、どうしたらいいのか……」
再会の四文字は語気を強める。
それでお母さんも思い出したらしい。
「……ああー、なんかあったね。海都くんのこと好きだった女の子とのトラブル」
家で作りためたベーグルを電子レンジにセットしながら、小学校での事件の記憶が浮き上がってくる。
あれは、小学五年生のときだった。
高学年にもなると、カップルとか、告白とか、そういう話がちらほら聞こえることが増えてくる。
わたしはそういう話題にはあまり関わらないタイプだったんだけど、話はたくさん耳に入ってきた。
中でも、お隣さんの幼なじみ、海都の告白エピソードは一番多かった。
整った顔立ちに、素直で無邪気な性格。
好意を抱かれてなんの疑問もない。
同じクラスの子だけに留まらず、違うクラスの子からもたくさん告白されていたらしい。
海都が話すことはなかったけど、全員お断りしていたみたい。
ただ、なにがどうこじれたのか、全員断ったというのが変な方向に向かって、
『佐々倉海都は安藤凛花と付き合っている』
……という噂が流れたのだ。
もちろん、当時のわたしと海都は付き合ってなかった。
「幼なじみ」という関係を知っていただれかが、もしかしたら付き合っているのかもと思ったのかもしれない。
わたしと海都は違うクラスだったにも関わらず、噂は学年中に伝わってしまったんだ。
みんなが噂を信じたわけではなかったものの、海都のことが好きな女の子からは陰口を言われたりした。
だれもいない廊下で、「幼なじみだからって調子乗んなよ」って、何人もの女の子たちから同時ににらまれたりもして。
陰湿と言ってしまえばそれまでだけど、表立ってなにかされたわけじゃなかったから、そのまま卒業。
でも念のため、海都とはべつの公立中学校に進学することを選んだ。
海都は何度もあやまってくれた。
「僕のせいで、巻きこんじゃってごめんね」
そう言って頭を下げて、とても誠実に。
だけど、なにもしていない海都にはあやまってほしくなくて、あやまらないでって伝え続けたんだ。
その子たちがまだわたしのことを根に持っているのかはわからない。
もうどうでもいいのかもしれない。
けど、体育祭でばったり遭遇する可能性はある。
あのややこしい事態が再び発生するのだけは、絶対に避けたい。
とはいえ、海都の応援には行きたいと葛藤していたところに、明日の天気が雨という情報が入ってきたのだ。
「なるほど、そういうことね」
小さめのおなべに入ったスープをかき混ぜながら、お母さんがつぶやいた。
「でも、明日雨が降って体育祭が延期になっても、あんた行くんでしょう?」
お母さんのひとことに目を見開いた。
電子レンジから取り出したベーグルをお皿に載せながら答える。
「行くけど……」
「まあ、なんとかなるんじゃない? 杞憂って言葉もあるでしょ、そんな心配しなくていいよ」
他人事ではない、でも好きにさせてくれるような母の声に、心が落ちつきを取り戻す。
「……そっか。うん、そうだね!」
わたしがあんまり元気なかったら、海都に心配かけちゃうよね。
なんだか、お腹空いてきちゃったな。
「あー、お腹空いた!」
「お母さん、そんな大きい声で言わなくても」
がちゃがちゃ楽しく盛りつけて、リビングに運ぶ。
(わたしも、お腹空いたけど)
ホットミルクを出して、追加でトッピングをするかなと思い声をかけようとしたときに、
「凛花ちゃん、僕の中学の体育祭観に来ない?」
と聞かれたのだ。
「生徒一人につき三人まで招待できるんだけど。僕の両親とあと一人、凛花ちゃんに来てほしいなって」
海都にしてはめずらしく、顔をほんのり赤らめていて、視線もあっちこっち動いていた。
友達ならほかにもたくさんいるだろうし、わたしを誘ったのはかなりビックリした。
でも当日の日曜日は予定もなかったから、すぐにオッケーしたんだ。
体育祭などの行事は土曜日に開催されるイメージが強いけど、たぶん翌日の月曜日が祝日だから日曜日開催になったんだろう。
「へえー、海都くんが。なるほどねえ。ふーん。そっかあ、海都くん……」
「……どしたの? そんなにコクコクうなずいて」
そこまでを話すと、お母さんは妙な驚きを見せた。
なんだか感慨深そうな口ぶりで、体育祭のどこにそんなに反応したのか気になった。
「いや、なんでもないわよ?」
お母さんはそう言うと残りのカフェオレを一気に飲みほし、そろそろお昼の準備をするかと立ち上がる。
わたしも勉強する手が止まっていたので、問題集やペンケースを片づける。
明日体育祭に行くなら、今日のうちに少し宿題に手をつけておこうと思ったんだ。
「行ってきていいよ。もしかしたら、そっちの中学に行っただれかと再会するかもね」
後半のお母さんの言葉に、ピクッと体が反応する。
首にかけたエプロンのリボンを腰にまわし、お腹の前で結びながら、なんとか声をしぼり出した。
「それだよ……」
「え? どれよ?」
「さ・い・か・い‼︎ もう、どうしたらいいのか……」
再会の四文字は語気を強める。
それでお母さんも思い出したらしい。
「……ああー、なんかあったね。海都くんのこと好きだった女の子とのトラブル」
家で作りためたベーグルを電子レンジにセットしながら、小学校での事件の記憶が浮き上がってくる。
あれは、小学五年生のときだった。
高学年にもなると、カップルとか、告白とか、そういう話がちらほら聞こえることが増えてくる。
わたしはそういう話題にはあまり関わらないタイプだったんだけど、話はたくさん耳に入ってきた。
中でも、お隣さんの幼なじみ、海都の告白エピソードは一番多かった。
整った顔立ちに、素直で無邪気な性格。
好意を抱かれてなんの疑問もない。
同じクラスの子だけに留まらず、違うクラスの子からもたくさん告白されていたらしい。
海都が話すことはなかったけど、全員お断りしていたみたい。
ただ、なにがどうこじれたのか、全員断ったというのが変な方向に向かって、
『佐々倉海都は安藤凛花と付き合っている』
……という噂が流れたのだ。
もちろん、当時のわたしと海都は付き合ってなかった。
「幼なじみ」という関係を知っていただれかが、もしかしたら付き合っているのかもと思ったのかもしれない。
わたしと海都は違うクラスだったにも関わらず、噂は学年中に伝わってしまったんだ。
みんなが噂を信じたわけではなかったものの、海都のことが好きな女の子からは陰口を言われたりした。
だれもいない廊下で、「幼なじみだからって調子乗んなよ」って、何人もの女の子たちから同時ににらまれたりもして。
陰湿と言ってしまえばそれまでだけど、表立ってなにかされたわけじゃなかったから、そのまま卒業。
でも念のため、海都とはべつの公立中学校に進学することを選んだ。
海都は何度もあやまってくれた。
「僕のせいで、巻きこんじゃってごめんね」
そう言って頭を下げて、とても誠実に。
だけど、なにもしていない海都にはあやまってほしくなくて、あやまらないでって伝え続けたんだ。
その子たちがまだわたしのことを根に持っているのかはわからない。
もうどうでもいいのかもしれない。
けど、体育祭でばったり遭遇する可能性はある。
あのややこしい事態が再び発生するのだけは、絶対に避けたい。
とはいえ、海都の応援には行きたいと葛藤していたところに、明日の天気が雨という情報が入ってきたのだ。
「なるほど、そういうことね」
小さめのおなべに入ったスープをかき混ぜながら、お母さんがつぶやいた。
「でも、明日雨が降って体育祭が延期になっても、あんた行くんでしょう?」
お母さんのひとことに目を見開いた。
電子レンジから取り出したベーグルをお皿に載せながら答える。
「行くけど……」
「まあ、なんとかなるんじゃない? 杞憂って言葉もあるでしょ、そんな心配しなくていいよ」
他人事ではない、でも好きにさせてくれるような母の声に、心が落ちつきを取り戻す。
「……そっか。うん、そうだね!」
わたしがあんまり元気なかったら、海都に心配かけちゃうよね。
なんだか、お腹空いてきちゃったな。
「あー、お腹空いた!」
「お母さん、そんな大きい声で言わなくても」
がちゃがちゃ楽しく盛りつけて、リビングに運ぶ。
(わたしも、お腹空いたけど)