トイレは店の奥まった場所にある。その前にある通路は狭く薄暗い。
トイレで用を済ませた日葵が通路に出た刹那、一羽の鳥が目の前に飛び込んで来た。
「日葵さん、参りましょう! 宝球界へ!」
流暢に話す鳥の存在に日葵が驚く間もなく、眩い光が彼女の身体を包み込む。眩しさから、日葵は思わず目を閉じた。
「………………」
数秒後、ゆっくりと目を開けると……。
「何だぁ!? ここ!」
トイレ前の狭い通路に居たはずが、目の前に広がる光景は、別世界。
夏の日差しを和らげる緑の景色。その先で、ゴーっと豪快に落ちる水の音。
――森の中にある、滝の前に立っていた――。
(……一体……、ここは……どこ……?)
呆然と見つめていた目の前の滝から、スローモーションで視界をずらし、辺りを見渡す。
日葵の目に、鳥の姿が映った。
「鳥ーーっ!」
「お、お怒りを御沈め下さい。それに、私の名は鳥ではなく、ココです」
「ココ!?」
「はい……」
「変!」
「え゛?」
ココと名乗る鳥は、鳥の姿をした妖精だと言う。そんなおとぎ話を信じるものかと、日葵が再び口を開きかけた時……。
『ゴォォォォォ……、ザバッ!』
滝下の池の中から、大きな生物が真上に向かい飛び出して来た。
振りかかる水しぶきから逃げる様に、池に背を向け走る日葵。
振り返ると……。
「……デカ蛇」
「龍です」
ココの指摘通り、十メートル程の大きさの龍がいた。この龍も妖精であり、名はオロチというらしい。
日葵をじっと見下ろすオロチの声が、頭上から降りてくる。
「美しい娘に成長しておる」
くっきりとした大きな瞳に長いまつ毛、筋の通った鼻に上品な赤い唇。日葵は美少女という言葉が、ピッタリ当てはまっていた。
オロチは、その美しい顔で見上げてくる彼女に、異世界の存在を伝えようと言葉を続ける。
「地球界の者が地球と呼んでいるこの星には、もう一つ、宝球界という世界が存在する」
私たちが『地球』と呼ぶこの星には、異なるもう一つの世界が存在するらしい。自然豊かなこの星を宝の球体『宝球』と呼ぶ世界、『宝球界』だ。
二つの世界が存在する話を聞いた日葵は、混乱した様子で、ココを呼ぶ。
「……ココ」
「何でしょう?」
「このデカ蛇、脳みそがおかしい」
「え゛?」
「おかしくはない」
脳みそがおかしいと言われたオロチは、一言反論したものの、日葵の混乱する心情も理解していた。
「いきなりこの様な話をしても、信じられぬのは無理もない。地球界の者は宝球界の存在を知らぬのだから……」
宝球界の者たちは二つの世界が存在していることを誰もが知っているが、地球界の者たちは異世界の存在を一切知らない。地球界で育った日葵も、今日まで宝球界の事など知り得なかったであろうと……。
「だが、全て事実なのだ。そして日葵、お前は宝球界の者。今日から、こっちで生活してもらおう」
「はぁ~!?」
その後、いくらオロチが説得しても、日葵は拒否の姿勢を崩さなかった。
~
しばらく、この世界に留まる留まらないの攻防戦が続いた後、日葵は頭を冷やしたいと、少し離れた所に座り込んだ。その姿を横目で確認しながら、ココは近くに居るオロチに小声で話しかける。
「……完全に……、拒否ですね……」
「今まで存在すら知らぬでいた世界で暮らせと言われれば、当然かもしれぬ」
日葵の困惑する気持ちは理解しつつも、オロチは彼女の性格に戸惑っていた。デカ蛇だの脳みそがおかしいだの、生意気な言葉が並んだのだ。説得しようにも、あの様な態度をとられれば、冷静に話など出来ない。
「最初は無理やりになってしまうが、こっちで暮らしていく中で状況を受け入れてもらうしかない」
理由あって地球界で育った日葵だが、宝球界の人間。本人の理解が得られなくても、十六になった彼女を、宝球界に戻さなければならない。
オロチとココは、ぶっ飛んだ性格の日葵を前に説得を諦め、無理やり留めると結論付けた。彼女に、ある役割を与えて……。
トイレで用を済ませた日葵が通路に出た刹那、一羽の鳥が目の前に飛び込んで来た。
「日葵さん、参りましょう! 宝球界へ!」
流暢に話す鳥の存在に日葵が驚く間もなく、眩い光が彼女の身体を包み込む。眩しさから、日葵は思わず目を閉じた。
「………………」
数秒後、ゆっくりと目を開けると……。
「何だぁ!? ここ!」
トイレ前の狭い通路に居たはずが、目の前に広がる光景は、別世界。
夏の日差しを和らげる緑の景色。その先で、ゴーっと豪快に落ちる水の音。
――森の中にある、滝の前に立っていた――。
(……一体……、ここは……どこ……?)
呆然と見つめていた目の前の滝から、スローモーションで視界をずらし、辺りを見渡す。
日葵の目に、鳥の姿が映った。
「鳥ーーっ!」
「お、お怒りを御沈め下さい。それに、私の名は鳥ではなく、ココです」
「ココ!?」
「はい……」
「変!」
「え゛?」
ココと名乗る鳥は、鳥の姿をした妖精だと言う。そんなおとぎ話を信じるものかと、日葵が再び口を開きかけた時……。
『ゴォォォォォ……、ザバッ!』
滝下の池の中から、大きな生物が真上に向かい飛び出して来た。
振りかかる水しぶきから逃げる様に、池に背を向け走る日葵。
振り返ると……。
「……デカ蛇」
「龍です」
ココの指摘通り、十メートル程の大きさの龍がいた。この龍も妖精であり、名はオロチというらしい。
日葵をじっと見下ろすオロチの声が、頭上から降りてくる。
「美しい娘に成長しておる」
くっきりとした大きな瞳に長いまつ毛、筋の通った鼻に上品な赤い唇。日葵は美少女という言葉が、ピッタリ当てはまっていた。
オロチは、その美しい顔で見上げてくる彼女に、異世界の存在を伝えようと言葉を続ける。
「地球界の者が地球と呼んでいるこの星には、もう一つ、宝球界という世界が存在する」
私たちが『地球』と呼ぶこの星には、異なるもう一つの世界が存在するらしい。自然豊かなこの星を宝の球体『宝球』と呼ぶ世界、『宝球界』だ。
二つの世界が存在する話を聞いた日葵は、混乱した様子で、ココを呼ぶ。
「……ココ」
「何でしょう?」
「このデカ蛇、脳みそがおかしい」
「え゛?」
「おかしくはない」
脳みそがおかしいと言われたオロチは、一言反論したものの、日葵の混乱する心情も理解していた。
「いきなりこの様な話をしても、信じられぬのは無理もない。地球界の者は宝球界の存在を知らぬのだから……」
宝球界の者たちは二つの世界が存在していることを誰もが知っているが、地球界の者たちは異世界の存在を一切知らない。地球界で育った日葵も、今日まで宝球界の事など知り得なかったであろうと……。
「だが、全て事実なのだ。そして日葵、お前は宝球界の者。今日から、こっちで生活してもらおう」
「はぁ~!?」
その後、いくらオロチが説得しても、日葵は拒否の姿勢を崩さなかった。
~
しばらく、この世界に留まる留まらないの攻防戦が続いた後、日葵は頭を冷やしたいと、少し離れた所に座り込んだ。その姿を横目で確認しながら、ココは近くに居るオロチに小声で話しかける。
「……完全に……、拒否ですね……」
「今まで存在すら知らぬでいた世界で暮らせと言われれば、当然かもしれぬ」
日葵の困惑する気持ちは理解しつつも、オロチは彼女の性格に戸惑っていた。デカ蛇だの脳みそがおかしいだの、生意気な言葉が並んだのだ。説得しようにも、あの様な態度をとられれば、冷静に話など出来ない。
「最初は無理やりになってしまうが、こっちで暮らしていく中で状況を受け入れてもらうしかない」
理由あって地球界で育った日葵だが、宝球界の人間。本人の理解が得られなくても、十六になった彼女を、宝球界に戻さなければならない。
オロチとココは、ぶっ飛んだ性格の日葵を前に説得を諦め、無理やり留めると結論付けた。彼女に、ある役割を与えて……。