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「リョウ、これ捨てといて」

 いきなり隣から差し出されたのは、ナギが気に入ってよく飲んでいる紙パックのミルクティー。

「捨てといてって、……おい、どこ行くんだよ」

 ごみを他人に預けるなんて、意外にも礼儀正しいナギがするようなこととは思えなかった。それでいて、これから撮影だと言うのに、なぜかブレザーを脱いでいる。
 前方斜め左には、なにやら生徒役の男ふたりと、

(おいおい……まさか)

 いかにも絡まれて困っているであろう桜井うたの背中。そこめがけてなにふり構わず突進していくナギの背中。
 なにかしら、あのふたりには接点があるんだとは思っていたけれど、人目を気にせず突っ走っていくのはナギらしくない。

(いや、つーかストロー噛みすぎだろ)

 がじがじと噛まれたその跡。噛み癖がナギにあることは知っていた。ストローは普段こんなにも噛んだりはしない。最近はこんな噛まれたストローを見ることもなかったのだが、

(これは……あのとき以来だな……)

 ストレスがたまりまくって爆発しかけた、あのときのナギの姿が思い浮かぶ。
 だれにも手をつけられなくなって、グループ解散にすら追い込まれたあのときのナギの事件と重なって、不穏さを一気にまといはじめた。

(あれが2年前だから……そんなに時間は経ってないか)

 荒れに荒れまくったあのときのナギを、メンバーですら止めようがなかった。
 今ではすっかり丸くなったものだから、すっかり安心していたのだが——
 メンバー内、そして事務所、それからファンの間でまことしやかに囁かれているナギの噂がある。
 それは——

「風邪引かせたら、お前ら終わりだかんな」

 来栖凪が方言に戻ったときは、いろいろな意味でやばい、ということ。

(ストローといい、今の方言、まじでちょっとやばいんじゃないか?)

 くるりと踵を返しマネージャーを探しに廊下を走る。
 このままだと、またナギが暴走しそうで、その原因はおそらくあの——桜井うただ。

「引き離さないといけないな……」