歯形はさすがに隠れないのだなと、最強コンシーラーと謳う化粧品を見つめて思っていた。
 虫刺されとか、人によればキスマークとか、そんなものを隠すのには手放せないものだろうけれど、さすがに若干残った噛み跡を液体で隠すというのには無理があった。分かってはいたけれど。

「そんなにコンシーラーを見つめてどうしたの?」

 みよさんが覗き込むようにわたしの手元を見ていた。

「あ……いや、ちょっと、さすがにコンシーラーも無敵じゃないんだなって」
「なになに? ついにうたちゃんもつけられた? キスマーク♡」
「っ?! ち、ちがいますよ?!」
「あら、そうなの? うたちゃんにも早めの春がきたと思ったのに」

 ふと、思い浮かぶのは、春とは程遠い、猛り狂うような嵐のような映像で。
 あの鋭く光る眼光に、ひどく整いすぎた顔に噛まれてしまえば、忘れられないわけがない。

(いっそ、キスマークでもつけてくれたらよかったのに)

 そうしたら、もう少しだけ綺麗な愛の形になったような気がするし、うまく隠せたような気もする。
 左手の人差し指には、うっすらとだけれど残った噛み跡の残像。噛んだあとというよりも、赤みが増したそこは、ある意味あのマークに似ているようにも思う。