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「あれ……ナギ、さっきのパーカーどうした?」

 末っ子お昼寝タイム、リーダー読書と偽ったグラビア雑誌鑑賞、セン、一人カラオケ熱唱中。
 荒れ狂った控え室で、ナギがふらりと出て行ったのがつい数十分前。
 ナギに至っては、よくふらふら歩き回ってしまうから、あまり気に留めはしなかったが、あれだけ気に入っていたパーカーを持ち出して、宙ぶらりんで帰ってきたとなれば気にならないわけがない。

 海外の本店でしか手に入らないような代物だったはずだ。それを、かなりの頻度で着用していたのを知っていたし、人や物への執着を見せないナギが、唯一気に入っていたものというだけあってさすがに驚いた。

「……猫がいたから、あげた」
「え……猫に?」
「寒そうだったから」

 淡々と答えるその顔からは、未練というものを一切感じない。

「ナギ、あれすごい気に入ってたんじゃなかったっけ?」
「うん」
「数十万するやつでしょ?」
「まあ」
「それを猫にあげた?」
「だね」

 信じられない。とくべつ猫好きというわけでもなかったはずなのに。
 それでも、ナギの手にはあのブランドパーカーは握られていない。イコール、ほんとうに猫にあげてしまったというわけか。

「猫も幸せだろうね、ナギのパーカーで」
「んーどうだろうね、持ち帰れないから、よくわからないし」
「持ち帰れたら逆にわかんの?」
「わかるんじゃない? 常に一緒にいられるんだし」
「……そうだね?」

 猫の話をしているんだよな?

 どことなく会話が見えないのは気のせいだろうか。
 それでも、なんてことはない顔でスマホをいじり、イヤホンを装着しては外部との壁をつくる。

 画面の向こうでは愛くるしいキャラクターを演じるが、さすがあの有名監督が認めただけの演技力はある。

 歌って踊れるアイドル、それが当たり前になってきたこの時代、それでもひとつ頭が飛びぬけていなければテレビに映ることは難しい。

 そんな中で、来栖凪という男は、アイドルとしても、役者としても、ひとつどころかふたつみっつと飛びぬけた、類まれなる才能の持ち主だった。
 同じグループになって、その天才の実力を見せつけられる度に、〝この男はアイドルそして役者になるべくしてなったんだ〟と痛感させられる。

(だから読めないんだよなあ……)

 天才の考えることはよくわからない。掴めやしない。
 同じグループになって何年か経つが、未だに来栖凪という男は理解出来そうにない。