『……』
『……』

 沈黙が続き、その空気に耐えられなくなって、「じゃあ、これで」と振り返って――体の重心が傾いた。
 後ろから抱きしめられるようにぐっと引き寄せられたと気付いたとき、

『――すきだったのに』
 
 彼の掠れた声が、鼓膜をするどく刺激した。あまりにも心地いい音に、頭が痺れていくかと思った。

『え……』

 すきだと、そう言われて、思考がとまっていく。働いてくれなくなる。
 素肌に触れるスーツの生地。彼の体温なんて触れられはしないのに、耳元で聞こえた声と、彼の吐息で体が熱くて、溶けてしまいそうになった。

『すきだったんだよ、きみの歌』
『……っ』
『ギターも、ぜんぶ、すきだったのに』

 あのころの記憶が蘇る。あまりにも楽しくて、おわってほしくなかったあの時間が。

『なんでグラビア……』
『……事務所の意向で』
『断ろうよ』
「……できなくて』

 彼が喋るたびに、その息が耳たぶにかかっていく。
 綺麗に揃えられた髪が、首筋にあたって、緊張で体が強張ってしまって。けれど、そんなわたしにはお構いなしに、彼の腕が更にぐっとわたしを引き寄せる。

『……歌ってよ、また』
『……』
『じゃないと、拗ねるよ、俺』

 わがままで勝手で、拒否権なんて与えてはくれないような音。
 抱きしめられているんだと、そう思うと心臓がバクバクを音を立てて、聞こえてしまっているんじゃないかとこわくなる。