ドラマの撮影は順調に進んでいた。最終回に向けて、演者もスタッフも集中していたし、わたしも最後まで駆け抜けたいと思っていた。

「おつかれさまでーす」

 現場を去っていく来栖凪は、ここ最近一段と忙しくなったように思う。
 全国ツアーも始まり、ドラマの最終回の翌日には東京公演がある。お呼ばれしているものの、行くべきかどうか悩んでいた。
 撮影はオールアップしているし、仕事を理由に断れば気まずくなることもない。

 ──あれから。佐原まなみの一件から、視線も合うことはなくなったし、言葉を交わすこともなくなった。

 次に会ったらなにかを証明してくれるんじゃないかと期待するのに、今のところなにも証明はしてもらえていない。
 現場で会うことではないのだろうか。……いや、そもそもあの言葉に真意はあったのだろうか。
 
「あ、桜井さん、おつかれさまです」

 白衣姿で颯爽と現れた佐原まなみに思わず体が強張ってしまって、それを隠すように笑みを作る。
 
「おつかれさまです」
「桜井さん今日も悪女最高でしたね」
「ありがとうございます、うれしいです」

 笑顔の攻防戦。グラビアアイドル同士、傍から見たら火花がバチバチ飛び交っているのかもしれない。
 自然と帯びていく緊張感は、おそらく向こうの圧が少し大きかったからだ。

「そういえば、キスのこと、黙ってくれているんですね」
「だれにも言わないって約束だったから」
「もお、桜井さんに聞かれちゃったとき、本当にヤバいって思ったんですから」

 なにがヤバいのだろうか。今の顔は嬉々として物語っているようにしか見えないけれど。

「あ、そういえば桜井さんって、グラドルよりも女優さんの方が似合ってますよね」

 急展開を見せた話題にも笑顔で対応する。笑っておくことは得意分野のはずだ。