『歌かあ……、好きなんだ、歌?』
『好き、です。歌手になりたくて』
『うん、じゃあ歌手になるように私と頑張ろうよ』
『え……?』
『いつか歌手になろう。だから、その夢を叶えるために、私と走ってくれない?』

 まさかそんな言葉をかけてくれる人がいるなんて思わなくて、驚きが顔中に広がったことを今でも覚えている。
 夢さんと会った日のことは、決して忘れられるものではない。
 我に返り、電話の向こうにいる夢さんに話しかける。

『覚えてます……忘れません』
『そうね、私も一緒。だからうた、私はうたがやりたいことを応援する。それが事務所から離れることになろうが、桜井うたとしての活動をやめようが、そんなの丸っと覚悟して、やりたいことに打ち込みなさい。それが、私との約束だったじゃない』


 声が震えてしまいそうだった。
 夢さんから投げかけられる全てが、わたしの枯れた心を潤していく。
 もう、夢さんと仕事をしていく未来さえないかもしれないのに、それなのに夢さんは、わたしとの約束を果たそうと背中を押してくれる。
 
 ありがとうございます、と。そう答えるのが精一杯だった。
 どんな決断をしても後悔は残る。全てを手に入れられるほど、世の中は上手くできていない。
 なにかを得ようとすればなにかを失う。わたしの場合はなんだったんだろう。