昔から、好きなタイプは〝やさしい人〟だった。ありきたりでつまらないと周りには言われていたけれど、わたしに必要なのは愛する人からのやさしさだけしかなかった。
 たとえお金がなくても、たとえ病気を持っていたとしても、やさしさという水があればわたしは生きていけると疑わなかった。

『俺ならそんな風に笑わせたりしません』

 彼の言葉がこだまするように再生されて、頭の中を支配していく。
 あのとき、わたしはどんな顔で笑ってみせていただろうか。引きつる頬に鞭を打って、それでも必死に笑い飛ばそうとしたわたしを、彼はどんな想いで見つめていただろうか。
 いつだって、わたしはやさしい人に惹かれるものだと思っていた。
 やさしい人がわたしを好きになってくれたら、無条件でわたしも好きになると、そう信じていた。

 カスミくんはどこからどう見てもやさしい人だと思う。自然と車道側を歩いてくれたりとか、傷ついていることに気づいてくれたりとか、そういう一般的なやさしさはもちろんだけれど、

『あの、俺遠まわしに聞くのとか苦手なんで直球でいきます。あと、出来れば誤魔化しもしないでほしいです』

 ああやって直球で聞いてきてくれるのもまた、やさしさのひとつのように思う。
 遠まわしに、それこそ探りを入れてくるような嫌な聞き方じゃなくて、真向からぶつかってきてくれたことは、ただただ嬉しかった。
 たしかに聞かれて困ることだったけれど、それでも人を不快にさせたりなんてしないし、そのあとの言葉はあまりにも真っ直ぐすぎて瞬きひとつ忘れてしまうぐらいだった。

『……ごめんなさい。気持ちの整理がまだぜんぜんついてなくて』

 そう言ったわたしに、彼は「当然じゃないですか」と当たり前のように言った。

『じわじわとでいいです。そうやって少しづつ俺のこと意識してもらえたら作戦成功ですから。ずっと好きだったんです。桜井さんの歌を聞いたときからずっと。だから長期戦覚悟ですよ。来栖凪がなんだっていうんですか。どんとこいです』

 青空がいっぱい広がったような、そんな爽やかな笑みで言われるものだから、逆に胸が苦しくなってしまった。
 こんないい人に、なんて罰当たりなことをしてしまってるんだろう。こんな答えでいいわけがないのに。
 そんなわたしの心境を汲み取るように、彼は「今度デートしてくださいね」と茶目っ気たっぷりに言うものだから、ぎこちなく頷いてしまった。
 この人を好きになれたら、きっと幸せにしてもらえるんだろうなと漠然に思ったのに。

『浮気すんなよ』

 こんなときでさえ、来栖凪の言葉に支配されている自分がいて嫌気がさす。
 どこまで言ってもわたしは来栖凪が好きなのだと思う。これだけの愛情を向けられても、頭の片隅にはやさしくないあの人のことですぐに埋め尽くされてしまうのだから。