清楚な役がまわってくるなんて、彼女にぴったりだもの。
 それに比べて、わたしは人の彼氏を奪う悪女がぴったりだと言われてしまう。
 そりゃあ、来栖凪と距離を取れと忠告されてもおかしくない。きっと、わたしは、来栖凪にとっては毒でしかない。

「あ、ナギ~!」

 ちょうど現場入りした私服姿の来栖凪が、芸能人オーラ全開で登場してくる。

 いや、全開というか、オーラが隠しきれていない。
 相変わらず小さなお顔にブランドものであろう黒のサングラスと、綺麗に染まったブロンドヘア。全身黒の装いは至ってシンプルだというのに、彼の引き締まった体と相まって、総じてイケメン具合が爆発している。

「おはようございまーす」

 間延びした挨拶にもかかわらず、ゆるやかに笑ったそのお顔に、現場の女性陣がわっと小さく感嘆の息をこぼしたのが聞こえる。

(どこにいても目立ってしまうんだなあ)

 こうして彼を見ると、ほんとうに住んでる世界が別のような気がしてくる。同じ場所で、同じ空気を吸っているはずなのに、どうしてだか、彼とは別のものを見ているような気がしてならない。

 サングラスを外した彼と、視線が一瞬絡んではっとする。
 昨日ぶりだ、あの目を見てしまうのは。あの澄んだ瞳を見てしまうと、彼への想いがせりあがってくるみたいで、身体中が熱くなってしまって困る。

 ふいっと、流れていったその目を、思わず追ってしまった。
 長いまつ毛の下に隠された目を、どうしてこうも追いかけてしまうのだろう。

「やっぱりナギ、ずいぶんとお疲れみたいですね」

 野木瑠璃奈ちゃんが同意を求めるように会話を投げてくるものだから「え」と驚きがもれてしまう。

「あ……うん、映画も公開されるみたいだし」

 咄嗟に笑みを繕うものの、彼女は「それもありますけど」と前置きを置いた。

「来月から全国ツアーが始まるから、その準備でも忙しいみたいですよ」
「全国ツアー?」
「あれ、知らないんですか? meteorのツアー。毎年やってるじゃないですか。今年もこの時期に開催だから、ナギのスケジュール押さえる、ここの現場の人も必死だって言ってました」
「そう、なんだ」

 知らなかった。そんな話を、わたしたちはしなかったから。なにも、知らなかった。