「〝幼馴染がそんなに偉いの? ただ時間を共有してきただけで、なんでそんなに威張れるのかぜんぜん分からないんだけど〟」

 撮影を重ねれば重ねるほど、南沢えなという女の子はそれはもうひどく悪役へと化していく。

 駿河夜凪と鈴川梓の関係をなんとか壊そうと、あらゆる手段をつくして邪魔ばかり励んでいくものだから、台本を読むたびに胃がきりきりと痛くなる。

「〝南沢さんはほんとうに夜凪が好きなの?〟」
「〝興味があるだけ。べつに好きとかそんなのどうだっていいでしょ〟」
「〝──っ、じゃあ、変に夜凪に近づいたりしないで〟」
「〝どうして? ただの幼馴染のあんたに、そんなこと言われる筋合いないんだけど〟」

 ヒロインである鈴川梓との関係は泥沼絶頂。そしてわたしの嫌われ役も絶頂だった。
 ドラマが放送されるたびに、わたしへの批判がぶわっと勢いよく並んでいく。エゴサーチをするなと言われているのに、してしまうこの人間の心理はなんなのだろうか。

「うたちゃん、えなに染まってきたねえ」

 監督が満足そうに微笑むものだから「ほんとうですか? ありがとうございます♡」と、とびっきり寒い返しを口にしていた。

「たしかに。わたし演技だってわかってるのに、桜井さんが怖く見えますもん」

 そこにひょいっと入ってきた野木 瑠璃奈ちゃんの登場で「わかるわかる」と監督が激しく頷いた。

「桜井さんって悪女似合いますよね」

 くりっとした瞳が、かわいらしい笑みを添えてわたしを見る。

「……はは、どうですかねえ。自覚はないですけど」

 笑顔だ、笑顔。笑顔を忘れるな、笑顔。
 何度も言い聞かせながら、痙攣を覚え始める頬に鞭を打つ。

「よかったら悪女の秘訣教えてください」
「いやいや、秘訣なんて。野木さんの方がお芝居うまいから、逆に聞きたいですよ」
「わたしですか? わたしなんて今までザ・清楚しかやらせてもらえてないんでぜんぜん! 桜井さんがうらやましいです」

 彼女の艶やかな黒髪がさらりとなびく。
 その毛先を捉えながら、うらやましいのはわたしの方なのにと、乾いた心でぼんやりと思っていた。