気づいたときには階段の下に寝っ転がっていた。

「痛ってぇな」

しかめっ面で桔梗が起き上がる。ぶつかってしまった女子の集団と一緒にバラバラになった副教材を拾い集めてくれていた。
腰が痛い。落ちたときに強く打ったのだろうか。
何かに守られて頭は打っていないようだが、右の頬がひりひりしていた。

「おい、牡丹。大丈夫か」

そんなに大怪我じゃないけど、起き上がるにも一苦労だ。
腕の力で上半身を起こす。

「怪我は?」

桔梗に向かって腰が痛いなんて言うのはちょっと恥ずかしい。ひりひりする頬に触れると、擦り傷だな、とすぐにわかった。副教材が当たって擦りむいたのかもしれない。

「保健室いくかぁ」

副教材が乱雑に積み上がっている。昼休みが終わるまでそんなに時間は残っていない。
ちょうどいいタイミングで莉里が来た。

「おい河本。これ、教室持ってっといて。あと先生にすぐには戻れないって言っといて」

床に座り込んだ私たちと副教材の山を交互に見た莉里は状況がよくわかっていないみたいだった。
莉里一人で全部持っていくのは大変だろう。迷惑をかけてしまって申し訳ない。

「怪我、どこ」
「腰痛い」

恥ずかしくて声がほとんど出なかった。
桔梗ははぁ、とため息をついて、歩きはじめた。
気にしてくれているのか私のスピードに合わせてくれる。

「あんなちゃーん。怪我人でーす」

失礼します、とも言わずに桔梗は馴れ馴れしく保健室に入った。
あんなちゃんって……。
先生のことを名前にちゃん付けする生徒が高校にいるとは思っていなかった。

「桔梗くんどうしたの?」

先生も桔梗に合わせてあげているのは意外だ。
保健室の先生はだいたい優しいけど、高校にもなれば可愛がって甘やかしてくれるなんてことはそうそうない。
桔梗がさくっと状況を説明してくれて、先生もさすがに驚いていた。

「よくここまで来れたね」

保健室の硬いベッドに二人並んで座らされた。
どこを怪我したの、どんな痛みなの、どれぐらい痛いの、と立て続けに色んな質問をされた。
途中で桔梗くんは?と聞かれていたけど、俺はあとで、と断っていた。
しばらく痛みが続いたら病院行ってね、と言われて私は保健室を出た。
腰に貼られた湿布が冷たい。頬に貼られた絆創膏は違和感でしかなかった。
結局、桔梗は大丈夫だったのだろうか。

後ろのドアから教室に入ると、クラス全員の視線がこちらを向いた。
顔が歪んでいるのを自覚しながら席に着く。
誰もいない左側がなんだか寂しい。

ずっと心配だったけど、桔梗が教室に戻ってくることはなくて、そのまま早退してしまった。