そういや、今朝からユリーフィア母の姿を見なかったな。

マリーフィアと同じく、ママ友ならぬ貴族友と一緒に、優雅にお買い物にでも行ってるのかと思ってたが。

「ルナニアさん。あなたにお話がありますの」

「え。俺ですか?」

「えぇ。あなたに良いお知らせがあるんですのよ」

…良い知らせ?

…何だろう。「良い知らせ」だって言われたのに、既に物凄く嫌な予感がする。

「ルナニアさんは以前、帝国騎士団に務めていらっしゃったんですわよね」

帝国騎士団だと。

俺にとっては思い出したくもない、文字通りの黒歴史である。

しかし、露骨に顔をしかめる訳にはいかない。

「えぇ、そうですね」

俺は、努めて笑顔で答えた。

「でも、不祥事を起こして帝国騎士団を辞めさせられたそうですわね」

お前、俺に喧嘩を売ってるのか?

その言い方だと、まるで俺が悪いことをしたからクビにされたみたいじゃないか。

俺は何も悪いことはしていない。

こんなことルルシーが聞いてたら、大激怒ですよ。

それでも笑顔を絶やさない俺、我ながらさすがと言わざるを得ない。

「まぁ…ちょっと、色々ありまして」

本当は、「色々」どころじゃありませんけどね。

「まだお若いのに、そんな一つ二つの不祥事でクビにされたんじゃ、あんまりでしょう?」

「…そうですね…」

「それに、カミーリア家の婿が無職というのも、体裁が悪いですし。そこでわたくし、知り合いのツテを頼って、ルナニアさんが帝国騎士団に戻れるよう、口添えさせてもらいましたの」

…何だと?

この女、まさか俺に黙ってとんでもないことをしでかしたのでは?

「まぁ、お母様。本当ですの?」

これには、マリーフィアもびっくり。

世の中では、こういうのを「無能の働き者」という。

「えぇ。先程、正式に帝国騎士団からお返事をいただきましたわ。ルナニアさん、来月から晴れて、帝国騎士団に戻れるそうですわ」

いかにも、「わたくし良い働きをしましたわ」みたいなドヤ顔。

自分がとんでもないことをしでかしたとは、全然思っていない顔だな。

感謝こそされ、責められるいわれはないと言わんばかり。

そして実際、ユリーフィア母にとっては、善意100%でやったことであって。

俺と帝国騎士団の因縁など、ユリーフィア母には知る由もないのだから。

それどころか、カミーリア家の婿が帝国騎士、という社会的ステータスの方が重要だと思ってやがる。

そりゃ婿が帝国騎士、それも隊長格だったら、カミーリア家にとっては鼻高々でしょうよ。

…余計なことをしてくれやがったものだ。

俺の知らないところで、ユリーフィア母が暗躍しやがった。

とんでもないトラップを仕掛けられた気分である。