こちらに近づいてくるにやついた顔が、悪魔のように見える。
男の人の目からすっかり正気の色は消えていた。
フェロモンが誘発する本能に理性が壊され操られているのだ。
逃げたいけれど、この足で逃げたところで、すぐにまた捕まることは目に見えている。
「噛ませて……噛ませてよ、首。俺と番になればいい……」
「や……っ」
そして再び腕を掴まれ、首を噛まれそうになる。
首を噛まれたら、意思に関係なく強制的に噛んだ相手と番になってしまう。
そんなのいや……!
恐怖に、涙が滲む目をぎゅっとつむった時。
突然、わたしと男の人の間を割るように、すごい勢いで壁を蹴る足があった。
「――なにしてんだよ、変態」
耳朶を打つその声に、はっきりとわかった。
「藍、くん……?」
闇を背にしてそこに立っていたのは藍くんだった。
堰を切ったように安堵が込み上げてきて、視界の中の藍くんの姿がぼやける。

